巡礼 8


リタ・クラウスが修道院を出、実家に戻ったとき、医者は言った。
「薬で症状を抑えながら、まだ5年くらいは生きられるでしょう。その間、生活を楽しみなさい。周囲には、(不治の)多発性硬化症とは言わずに、小児麻痺の後遺症だと言いなさい」
医者の勧めどおり、巡りあった男性にも、彼女は病気のことを打ち明けなかった。自分はあと数年で死ぬ。その間、なるべく普通の生活をしたい……。
ところがある日、突然、彼が言った。結婚してほしいと。
嬉しかった。自分にも、人並みな幸せがついに回ってきたんだと思った。が、そう思えばなおさら、病気のことは打ち明けられなかった。
結婚した彼女に、医者は妊娠を勧めなかった。彼女は、近い将来起きてくるはずの厳しい現実に備えるべきなのだ。
彼女は、かかりつけの医者を変え、妊娠を選択した。一人、二人、そして三人子供を産む間に、しかし病状は進行していった。手を、肩より上に上げることができなくなった。しばしば、何もないところで転倒した。歩くこともおぼつかなくなっていた。
こうなって尚、彼女は真実を夫に告げなかった。もはや、告げることなどできなかった。夫が真実を知ればどうなるかと思うと、ただ涙が出た。そうして遂に、大発作が起きた。
病院から戻ったリタは、すべてを打ち明けねばならない日が来たことを悟っていた。なぜ、これまで病気のことを黙っていたかも必死に説明した。が、話を聞き終えた夫は「別れよう」と言うと、家を出ていった。彼女はただ、自分の愚かさを嘆き、壁に頭を打ちつけながら泣いた。
最初の“奇跡”は、数時間後に起きた。夫が戻ってきて、こう言ったのである。
「自分にできるかどうかは分からない。しかしこれからも、君を支えたいと思っている」
夫は、以前にも増して献身的に彼女を支えるようになったが、病状は悪化の一途をたどった。外反足奇形がおき、右足は内側に曲がり、ひざの皿がずれ……。そうした痛みに耐えかねて手術を受ける度、彼女は祈った。
「神さま、お望みのことは何でもします。どうか手や足は残してください……」
足の感覚がなくなってくると、彼女は祈った。
「神さま、どうか首から上は残してください……」
最悪の事態が、もうすぐそこまで近づいていた。


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