アダムの肋骨5


運転していた女性は、気丈で冷静だった。
迂回路に入ったときも、渋滞に気づいた彼女は、即、
もとの幹線道路に戻ろうとしたのだった。
ところが、一方通行であったり、
タイミングが微妙にずれたりしてそれができないでいる間に、
猛スピードのタクシーに衝突された。
こうした事情や、もともとが善意のボランティアであることを思えば、
さぞ無念であったろうに、
彼女は朝早く起きて作ってきたという食事を私に手渡し、言った。
「タクシーを拾って、早く伊勢に向ってください。
ここは私がちゃんと処理しますから」
たしかに、そのとおりだった。
今、私がいかなければ、
“今日”という指定のある伊勢神宮での供儀は永遠にできなくなる。
そんなことは、伊勢で待つはずの会員の方と、予言を残された聖者、
神々に申し訳なくてできない。
しかしこの場を後にするということもまた、できなかった。
これからここには救急隊が来て、警察も到着するだろう。
そのとき、彼女はこれに対応しなければならない。
相手はタクシーの運転手だから、
今はフラフラしているとはいえ、
こうしたときのためのマニュアルを勉強しているに違いない。
それは、自らと会社の利益を最大限保全するものだろう。
私の感じた限り、この住宅街で、
タクシーのスピードのほうが尋常ではなかったように思われる。
しかし、相手の運転手も生活がかかっている以上、
そのことを素直には認めないかもしれない。
証言は、大きくか、些細な点かは別として、食い違うかもしれない。
そのとき、警察がどちらの言うことを信用するのか……


私がいれば、少なくとも彼女は安心することができるに違いない。
そんなことが頭を駆けめぐり、その場を去ることができずにいる私に対し、
彼女はふたたび言った。
「先生、早く行ってください!」


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