旅日記26


12/ 6(8日目)その4
3カ月の黙想が明け、
頭にリングの輝いていた司祭の一人に、
日本から来たので是非祝福を、とお願いしてみた。
すると、「15年間日本にいた神父が一人いるから」と呼びにやられた。
しばらくして出てきた神父は、
まったく謙遜、というより小心、という感じの方だった。
「イエ……ワタシ……ニホンゴ……ワスレタ……」
などと英語でもぐもぐ言っている。
「日本語でなくていいですから」
と言っても、「イエ……ソノ……」と、なかなか承知しない。
私は思いついて、
「今回の巡礼で私たちはロザリオやご像を、たくさん買いました。
それらもすべて、祝福していただけませんか」
と言った。すると彼は、恥ずかしそうに、
「チチト、コト、セイレイノ、ミナニヨッテ」
とだけ日本語で言いながら十字を切り、
その後はフランス語で短い祈りを唱えた。
こうして、われわれが旅行中に買ってきたものが、
一人の司祭によって無事、祝福されたのだった。
旅をふり返って……


後で、あの日本語を忘れた神父の感じがとてもよかった、
という感想を述べられた方がおられました。
あの神父様、聖人のようだったとも。
旅行中、私たちは、
たくさんの聖人・聖女に出会ったのかもしれませんし、
それ以上に、何人もの聖人・聖女と
一緒に旅をしたのかもしれないと私は思います。


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