為替6


1ドルが80円を割った空前の円高時、
私の住所はアメリカであったが、身柄はインドにあった。
聖者アガスティアの勧めに従い、クットララムにいたのである。
インドの山奥で、蟻入りインスタントラーメンなどを食べながら、
呑気に滝に打たれていたわけであるが、
もしこのとき日本かアメリカにいれば、
私はドルを買ったであろうか。
多少は買ったかもしれない。
だが、たいして買えなかっただろうとも思う。
当時、いろいろなチャリティに使っただけではなく、
人が困っているようだとお金を用立て、
その大半は返ってこない。
困って、お金を貸してほしい、
必ず利息をつけて返します、という人が、インドにはごろごろいた。
彼らは、もともと騙すつもりではなかったにしても、
返せなくなる人もいる。
私が善意でお貸ししたのに、
それを受け取り、しかし返さないと決め込んでいる人も多いだろうが、
その人たちは、可哀相に、
次か、そのまた次に生まれ変わったときには、
どうしても返さなければならないだろう。
何十年、何百年分もついた利息分と一緒にお金を返すか、
または真心で返すか……。
とにかく、そういうわけで結局……


当時、為替がどう動こうが、
お金のなかった私にはあまり関係がなかった。


カテゴリー: 大いなる生命とこころの旅 パーマリンク

コメントを残す