神父 1


ふた月ほど前、紙媒体の<プレマ通信>かわら版のほうに、以下のような文章を載せた。少し長いが、まるまる引用する。
チャリティ・コンサートへのお誘いと、
主催される山本順子さん・田中陽子さんのこと
 西暦2000年の大晦日は、世紀が替わるという、普通の人は一生に一度しか経験できない特別な日でした。読者の皆さんからはこの日をキリスト教の聖地で過ごしたいというご要望があり、フランス・イタリアの巡礼旅行を企画しました。そのとき、カナダ・トロントから参加されたのが山本順子さんでした。
 私たちはパリで落ち合った後、聖母マリアがご出現になって「不思議のメダイ」を残された愛徳姉妹会、パリ・ミッション会、ルルドで聖母マリアと語らった後、亡くなって一世紀を経ても遺体の腐敗しない聖女ベルナデッタが今も息づくヌヴェール、世紀の明けた元旦にはローマ・4大聖堂の「聖なる扉」をくぐり、翌日は聖フランシスコのアッシジ、最終日はローマ法王ヨハネ・パウロ二世の謁見と、忙しい旅をご一緒しました。そんななか、山本さんの人柄がなんとなく伝わってきて、世界を飛び回る経済人として多忙な日々を送る彼女がどのようにして聖なるものに触れ、導かれていったか、また、彼女が仕事以上に精力を注ぐ慈善活動について、自然に話し合うようになりました。
 旅のなか日……


20世紀が終わり、21世紀に替わるとき、私たちはパリのコンコルド広場にいました。霧雨のけぶるなか、古代エジプトのオベリスクがライトアップされ、カウントダウンとともに21世紀が明けると、誰彼となく自然に互いを抱擁しあいましたが、同時に、新たに始まった世紀には世界中の人びとが少しでも健康で、幸せであってほしいと願いました。昨年始め、トロントから電話があって、07年のチャリティ・コンサートの収益は大木神父の活動のために使いたいというお話があったとき、コンコルド広場で一緒に祈った、今世紀最初の祈りを思い出しました。
 その山本さんの慈善活動のパートナーである田中陽子さんは、今回は歌のほうでも出演されます。もともと声楽家であった彼女は、スペイン大使夫人として赴任中も活動を続けられた関係でスペインに友人も多く、今回の豪華な『スペイン音楽の夕べ』が実現しました。中学・高校時代からの親友だった二人は、かたや起業家、かたや外交官夫人となった後も、社会的に弱い人びとを助けたいという思いは同じで、今回、チャリティに関するさまざまな意見交換もさせていただきました。
 コンサートの収益金は、その全額が新たに建設されるポカラの障害児教育センター(シシュビカスケンドラ)のために使われます。皆さんのなかには、日頃から大木神父の活動にご援助いただいている方も数多くおられますが、3月22日、もしもご都合が許すようでしたら、足をお運びいただければ幸いです。その日会場で、または会場の外で、ポカラの会の倉光誠一先生とご一緒に少しでも多くの方にお目にかかれたらと願っています。


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