巡礼 11


今では恒例となった夏の聖地巡礼は、年間で最も楽しみな行事である。
去年からはしかし、楽しみな仕事がもう一つ増えた。月に一度か二度、瞑想をお教えする。それが私にとって、胸のわくわくするような体験になってしまった。
だがそのために、私がやらなければならないことが少しある。瞑想を習った人たちを守り、導いてくださる神々や聖仙らをお喜ばせすることだ。
もちろん、瞑想することでわれわれが健康で幸せになることを、彼らは最も喜ぶ。しかし、神々に直接儀式を捧げたり、困っている人びとを助けることで、天界の住人たちはさらに喜ぶ。
私がそんなことでインドを訪れることができるのは、瞑想を習ったり、『ギーター』の解説を聞きにきたりしてくれる皆さんのお陰であると、天界の住人たちはよくご存じだ。こんなことを書くと、宗教か何かのような感じがするかもしれないが、宗教ではない。それが事実なのだ。
なので、皆さんが瞑想中に神々や女神が訪れ、あるいは聖仙が現れて話しかけてきたりするということが、稀ではあるが実際にある。
そういうことがあっても驚かなくていいし、また、そういうことがなくてもいい。仕事や瞑想をたんたんと楽しみながら、われわれは至福に近づいていく。


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