新法王 8


広島の西の外れの山上に、私の母校はある。カトリックの男子修道会であるイエズス会が、上智大学、六甲学園、栄光学園に続いて建てた学校で、広島学院という。
山上には学校と修道院と寮があり、その他には三輪明神という神社、少しの民家があった。そんな山中で、私は中学・高校時代を過ごした。
高校に進み、将来の進路を考え始めるずっと前から、カトリックの司祭(神父)になることを考えていた。
友だちは皆、東京や京都、大阪や広島の一流大学に入っていくに違いなかった。都会の大学に行くのは魅力的だった。そこには、未知の世界が開けているに違いなかった。しかしそこでは同時に、魑魅魍魎が跋扈しているに違いないとも感じていた。
(高校を出て、そのままイエズス会に入れたら……)
そんな誘惑が、いつも心のどこかにあった。
実際、それを勧めてくれる先生もいた。その場合、修練院というところでまず最初の年月を過ごすことになる。日の出前に起床して、祈り、ミサにあずかり、ラテン語や哲学の勉強と、室内・屋外での労働をして、2年間を過ごすのである。


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