武士道 6


 これに対し、最終的な判定を下した長谷川師範は言った。
「どちらが勝ったと言っても、誰も文句の言えない試合でした」
 師範は、静かにそう言った。
「では、どうやって判定なさったのですか?」
「松本は王者であり、大西は挑戦者です。こんなとき、挑戦者の側に挙げるためには、やはり挑戦者がはっきり勝ったといえる、なにかが必要でした。それに対して、試合巧者の松本は、大西の技をすべて防ぎ、要所要所を華麗な技で魅了した。松本が負けたと言える要素は、何もなかったのです」
 両副審が異なる判定を下した後、主審が判定を下すまでの時間は、数秒もなかったに違いない。が、その時間は、彼にとってとんでもなく長いものだったかもしれない。二人の武人が何年、何十年という精進を重ね、精根込めた互角の戦いに、優劣をつけねばならなかったのだ。
 私は、師範の苦衷をねぎらいつつ、さらに問うた。
「仮に、まったく仮にですが、二人の間に力の差が本当になかったとしたとき、師範は、ご自身の弟子である大西君と、ブラジルから来た松本君の、どちらに挙げますか?」
 この問いに、長谷川師範は、温厚そうな顔を崩さず言った。
「仮に本当に互角であったとしたなら、身内に挙げることは、私にはできません」
 現代に、わずかに残る武士道を彷彿とさせるこの言葉が、この日、私の脳裏にいつまでも残った。
040418-8

王道空手・佐藤勝昭宗師と


カテゴリー: スポーツ パーマリンク

コメントを残す