私の系譜 8


葬儀の三日間を終え、ふたたび始発で東京に帰ってくると、
自分では気づかなくても疲労困憊していたらしく、
すっかり風邪をひいてしまった。
それでも、時間は待ってくれないので即、仕事を始めたが、
一つだけ以前と変わったことがある。
それは、浅草や鎌倉に行くように指示する聖者もシヴァ神も、
『ただし、瞑想の師は寺院に入ってはならない』
とお書きになっていることだ。
『寺院には入らず、その近くで瞑想しなさい』
というのである。
わが国では、喪中の者は神社に入ることができないと一般にされるが、
聖者は、仏教の寺も、キリスト教の教会も同じとされているようだ。
そして当然のことではあるが、
私が喪中であることも、聖者は熟知しておられた。
なぜなら、帰京して最初に出てきた葉のなかに、
早速そのような指示が出てきたからである。
そういうわけで、私は現在、
神社、教会を含め寺に入ることができない状態なのだが、
会員の皆さんの温かいお気持ちには、感謝の言葉もない。
特に、一連の葬儀にあたっては、
東京、京都、大阪、四国、九州などからたくさんの方たちにおいでいただき、
私を驚かせた。
ところで、通夜、告別式においては、
遺族の挨拶を私が行なわせていただいた。
しかし私の地元では、それはきわめて短い、形式的なものとするのが通例らしく、
私が父の人となりについて触れたのは珍しかったらしい。
わざわざ福山までおいでになった皆さんは、異口同音に……


その部分に関心を示され、質問をされた。
それが半分、社交辞令であることは分かっているつもりだが、
なんであれ、私自身の心の整理を少しだけつけるためにも、
ここはお許しをいただいて、
『私の系譜』シリーズを続けてみたい。


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