アダムの肋骨8


かつて、垂仁天皇の治世二十五年三月十日、倭姫命は天照大神の鎮座地を求め、
大和纏向(まきむく)の珠城(たまき)の宮を旅立った。
近江に入り、美濃の国を経て伊勢に至った時、大神のお告げを得、
斎宮(いはひのみや)を五十鈴川のほとりに建てたという。
このような神聖な川だから、禊をするには最高の聖地であるが、
しかしその前後を飲み会にしてしまうのは、いかにももったいない。
その皆さんの一部はいまだに会社を率いておられるのだろうが、
しかし一部の皆さんはこれに失敗し、
こうしてさまざまな仕事についておられるのかもしれない。
バブルが崩壊し、リーマンショックがあり、3・11の震災、
そして今は欧州発の深刻な経済危機が迫ってきている。
それらのどれにひっかかって会社経営が破綻しても、まったくおかしくはない。
こうした相対界の変動を思えば、今、自分が経験していることなどは、
大したことではない--。
そんなことを思いながら、品川駅に着くと、最後に運転手は笑って言った。
「いい旅してきてください。
 私の代わりに、うどんも楽しんできてください」
いい人なのだ、きっと。
ただ、今の私には調子が合わない人だった。
車が上下動しただけで痛みが走るというのに、
これから伊勢まで行って、ちゃんと参拝ができるのだろうか。
時間は間に合うのか。
もし本当に折れていて、いや、たぶん折れているだろうが、
途中で痛みに耐えられなくなれば、
または何かの加減で体調が急変すれば、
わざわざ伊勢まで行って、他の皆さんに迷惑をかけることになる。
あるいは、あのまま救急車で病院に行くべきだったのか……


残してしまった、運転手の彼女のことも頭から離れなかった。
私は、咄嗟にYさんに電話をした。
事情を話すと、彼はすべてを察してくれた。
「大丈夫です。これからすぐ連絡して、必要なら現場に向いますから。
 それより先生、無理をしないでください」
その一言に多少救われ、私は新幹線に乗り込んだ。


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