新法王 6


女性法王の可能性をも開きかねない女性司祭の登用を、ヨハネ・パウロ2世はまったく認めようとしなかった。その懐刀であった新法王もまた、在任中に認める可能性はないだろう。
その理由としてよく挙げられるのは、神が救い主として男性であるイエスを選ばれたこと、そのイエスは男性のみを使徒としたこと、等である。だが、もし本当にこれだけが“理由”だとしたら、そこに説得力はあるのだろうか。
話は少し違うが、日本の皇室においても、長い間、男系であることが本質的とされてきた。現行の皇室典範にも、「皇位は皇統に属する男系の男子が、これを継承する」と明記されている。
現在、この条文に改正の動きがあって、世論の大勢は改正に賛成し、公に反対するのは相当勇気のいる状況になっている。
しかしこの改正をもって二千年の伝統を否定し、とりかえしのつかない過ちを犯すことになる、という反対意見も、個人的に話してみると少なからぬ数の人が持っているようだ。
ヴェーダの伝統においては、かつて男性だけに与えてよいとされた種類のマントラ(真言)があった。現在、そのような区別はあまりないが、しかしそれでも、ヴェーダ典礼を行なう司祭は男性に限られる。
インドには女性の聖者もいるが、彼女らもまた、正式な祭祀は男性司祭に行なわせている。


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