『五輪 6』―超人―


2001年9月11日、一人の青年が最上階からの眺望を楽しもうと、
ニューヨークは世界貿易センタービルに向かっていた。
が、彼は途中でカメラを忘れたことに気づき、引き返す。
ふたたび、貿易センタービルに向かおうとしたとき、彼は、
そのビルが炎と煙に包まれていることを知り、愕然とした。
その前年のシドニー・オリンピックで、彼は3つの金メダルと2つの銀メダル、
3年後のアテネでも、2つの金メダルと、銀、銅のメダルを得ている。
数々の世界記録を樹立したイアン・ソープ―水の超人―である。

2004年、アテネオリンピックの代表選考会で、
ソープは男子400mのスタートでフライングし、失格となった。
「騒音に反応してしまった」として救済措置を求めたが認められず、
ソープのオリンピック連覇の夢はついえた……かに見えた。
しかし1ヵ月後、選考会2位であった同僚のクレイグ・スティーブンスが400mを辞退し、
ソープは特例でオリンピック出場権を得ることとなる。
期待に応え、アテネでは自由形200mと400mの金メダルと100mの銅メダルを獲得。
水泳の100mと400mでは、陸上の短距離と長距離ほど違うといわれるが、
オリンピックで100-200-400mの組合せでメダルを獲得したのは、
これまでソープただ一人である。

そのような超人ソープ(Thorpe)の泳ぎを、人はThorpedo(ソーピード)と呼んだ。
Torpedo(魚雷)からの造語である。
結局、彼はオリンピックで5つの金メダル、3つの銀メダル、1つの銅メダルを獲得、
世界選手権においても何大会かにわたり11個の金メダルを得た。
アスリートとして輝かしい業績を打ち立てた水の超人。しかし彼は……

2014年、出演したテレビ番組のなかで自らが同性愛者であることも告白している。
過去に同様の報道があった時や、自らの自伝のなかではこれを否定してきたことを思うと、
やはり触れられたくない事実であったろう。
ソープはまた、うつ病に苦しんでいることも告白している。
爽やかで、かつアスリートとしての頂点をきわめた選手も、
やはりそれぞれの意識レベルで生きる普通の人間であることがよく分る。


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