勝負 3

リングに登場するマヌーフを見ながら、私は、この戦績と形容が決して大袈裟ではなかろうことを感じていた。体は究極まで引き締まり、生気に満ちあふれている。一つひとつの仕種も静かで、自信に満ちている。
もちろん、そうした点においては大山君も人後に落ちない。だんだん体がなまってくるのが素人目にも分かる多くの“格闘家”と違い、彼はストイックなまでに日頃の鍛練を怠らない。果して、この二人のどちらが強いのか、見ているこちらが極度の緊張に見舞われていた。
試合が始まると、案の定、マヌーフの動きは速く、なかなか捕まえさせてくれなかった。開始後1分、やっと捕まえてマットに倒したと思ったら、なんとマヌーフのほうが上になっている。
その状態からはすぐに抜け出したが、マヌーフがラッシュを仕掛けた。ほとんどのパンチを大山君はブロックし、または紙一重でかわしたが、パンチは素人には見えないくらい速い。
会場のあちこちからは、「大山っ!」「峻護っ!」と声が飛び、気づいてみるとそのうちの一人は、普段は優しげなMさんだった。

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勝負 2

「先生、ここの美女係数と【マリアの会】のと、どちらが高いでしょうか」
そういうMさんをお連れしたのが正しかったのかどうかを自問しながら、私は、
(【マリアの会】に決まっている……)
と内心つぶやいていた。
が、そんなことを言っている場合ではなかった。大山君は第一試合なのだ。
相手はメルヴィン・マヌーフ。あまり聞かない名前だ。しかも、体格的には大山君とあまり変わらない。今まで、身長で10センチから20センチ、体重で10キロから20キロ大きい相手と戦ってきた彼にとっては、同じくらいの体格の選手と戦うのは久しぶりなのではないか。
ところが、プログラムを見て驚いた。なんと相手の戦績は23戦20勝17KO。これまで密かにK1参戦が待ち望まれていた、格闘技大国オランダの強豪とある。勝機を捉え、ラッシュに入ると、相手がマットに沈むまで終わらない打撃の恐怖……。

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勝負 1

心待ちにしていた3月15日。確定申告が終わる日……ではない。前回、K1の王者ピーター・アーツを撃破した大山峻護君が、ふたたびHERO’Sのリングに立つ日だ。
応援団として気合い負けしてはならじと、私はこの3週間ヒゲをたくわえた上に黒ジャンパーを着込み、できるだけいかめしい表情で日本武道館のゲートをくぐった。
傍らには、普段【マリアの会】でお世話になり、この日確定申告を終えたばかりの税理士・Mさんの、格闘技ファンとは思えない優しげな姿があった。
案の定、会場では、どこかの空手道場に通っているような、またはどこかでボクシングジムに通っているような、あるいはどこかでケンカに明け暮れているかのような、若者たちの姿が見える。
それを見ながら、Mさんが言った。
「ここって……、思い切り美女係数が高いですよね」
たしかに言われてみれば、空手家やボクサーらしき姿もあるが、それよりも艶やかな化粧をし、着飾った女性たちのほうが目立つのだ。
美しい女は、強い男を求めるのか……。いい悪いは別にして、そうした生物学的本能が、今日の格闘技界の隆盛を支える原動力となっていることは間違いない。
さすがに長年の格闘技ファン、目のつけどころが違う。

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癒し 14

聖母がご出現になるのが歴史的な事実であることは間違いない。
だがそのような聖母出現の対象としてわれわれが知っているのは、耳の聞こえない身障者であったシスター笹川や、愚鈍といわれたベルナデッタのような少女、ファティマの3人の牧童のように大変貧しかった者、そういった人たちである。
聖母出現についてよく聞くのは、そうやってご出現いただけるのは嬉しいが、しかしどうせなら、ローマ法王やアメリカ大統領、日本の総理大臣のような、社会に直接影響力のある人にご出現いただくことはできないものか、というものである。
しかし実際には、ローマ法王のなかにも、聖母出現に与られた方がいる。彼はまた、未来のさまざまな様子を見、預言をなしたと伝えられる。
また、韓国の金大中・元大統領は洗礼名をトマス・モアというカトリック教徒であるが、彼は昔、聖母を見たといわれている。
社会的に影響力のある人びともまた、このような神秘にあずかることがあるに違いないが、おそらく彼らの多くは、それを公言しないのである。

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癒し 13

その後、シスター笹川は天使の予告通りふたたび聴力を失い、その期間は6年にも及ぶ。
が、1982年3月、ふたたび天使が現れ、癒しを予告した。その2ヵ月後、シスター笹川はついに聴覚を取り戻した。
そのときの医師の所見は『完治している』という単純なものだった。が、実際には感銘を受けた医師・看護婦らが総立ちとなって、彼女を祝福したといわれている。
近代、無数に報告された聖母出現のなかには、嘘もあれば、精神的な病もあったに違いない。それこそ、“悪霊のたぶらかし”もあったのかもしれない。
だが、真の奇跡にはそれ自体、有無を言わさぬ迫力がある。見神者は謙遜で、従順である。たとえば、掌の傷から血が流れ始めたとき、「自分を特別と思わず、謙遜であるように」という司教の勧めに、シスター笹川はこう答えている。
「自分を特別だなんて、とても考えられたものではありません。何の取り柄もなく、おまけに一人前の仕事もできない身障者です。やはりいちばん罪深い者だからこそ、このような償いのわざが私に与えられたので、むしろ当然と思っております……」

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癒し 12

ローマ・カトリックでは、人間以上の生命の形態を三つに分けている。
すなわち、人間、天使(および堕落した天使である悪魔)、神である。シスター笹川に現れたのは、明らかにカトリックでいうところの天使であり、彼女にはまた、別のときに悪魔も現れる。
しかしながら、人間以上の生命の形態は、他にもたくさんある。亡くなった祖先霊たちは、肉体を持たない分だけ、われわれよりも自由で輝きに満ちているのが普通である。
妖精と呼ばれる存在は、天使ほど崇高ではないかもしれず、ときに悪戯好きであったりもするが、霊的な存在であることは間違いない。
その上には天使と呼ばれる存在があり、「神々」も存在する。神々は、至高神の、相対領域への顕れである。その意味で、神々は神の顕れであるが、しかし相対性を持っている。
ちなみに現在、月に一度の<プレマ・セミナー>で解説している『バガヴァッド・ギーター』のなかには、こうした相対界と絶対界に関するあらゆる知識が盛り込まれている。
そして、この世界の理念・構成を教える聖句と、われわれの実際的な行動について教える聖句──おそらく『バガヴァッド・ギーター』全体を通じて最も重要な二つの聖句──が、26日の日曜日、たて続けに登場する。
折しもこの日、インドで年に一度の大シヴァ神の祝日が祝われるのは偶然なのだろうか。

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癒し 11

1975年5月、シスター笹川のもとにたびたび現れていた天使は、彼女の耳が八月か十月に開け、治ることを告げた。
ただし、『主はいま少しの犠牲を求めておられる』ので、それがとりあえず一時的なものであると同時に語った。
続いて9月、天使は次のように告げた。
『御聖体のうちにまことにまします主の御前で、礼拝中のあなたの耳が開け、治るでしょう。そのとき聞こえてくるのは、あなたがいつも捧げているアヴェ・マリアの歌声です。その次に、主を礼拝する鈴の音が聞こえるでしょう……』
10月、聖体降福式の最中、笹川は突然畳にひれ伏し、嗚咽した。
何年かぶりの“音”を聞いたのである。このとき、彼女の耳に聞こえてきたのは、聖堂で歌われていたアヴェ・マリアであった。そうして、式の順番通り、聖体礼拝のための鈴が振り鳴らされた。

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癒し 10

かつて西洋社会に広くヨーガを伝えたことで知られるパラマハンサ・ヨガナンダは、1935年、インドへの帰国の途中、一人の女性に出会った。
彼女テレーゼ・ノイマンは、二十歳のとき、ふとした事故が原因で全身不随となり、失明した。数年後、「幼きイエズスの聖テレジア」への祈りにより奇跡的な回復をとげたが、以来、彼女は二つの現象の体現者となる。すなわち、超自然的絶食と聖痕である。
複数の医師と関係者の記録によれば、彼女は1927年から亡くなるまでの35年間を、絶飲・絶食の状態で過ごしている。
また、毎週木曜の深夜から金曜にかけて、キリストの受難を幻視し、体験した。すなわち、寝台に横たわり、恍惚状態に陥った彼女は、身体の数か所からおびただしい量の出血をみる。
茨の冠、両手、両足の釘の痕、槍に貫かれた脇腹……。こうして金曜日を迎えるごとに、彼女は5キロほども体重を減らした。
ちなみにヨガナンダ自身は、自ら法悦状態に入り、テレーゼ・ノイマンと共にキリストの受難を目撃したと書き残している。
瞑想講座でしばしば申し上げているように、瞑想中、われわれの体にピリピリ電気が走ったような感覚があったり熱をもったりすることがあるのは、このような神聖な変化が体に起きてくる“準備”のようなものと考えたらよい。

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癒し 9

昨年、アッシジに巡礼した際、われわれは聖フランシスコのお召しになった僧衣をすぐ目の前に見ることができた。そこには、今でもはっきりと血痕をみることができる。
文献上、最初の聖痕者が、この聖フランシスコであるといわれる。世俗を捨て、清貧の徳に生きた聖者も、やはり天使を幻視し、続いて両手足の激痛に襲われた。そこには、ちょうど釘に貫かれたかのような傷が顕れていた。
傷は、掌においては内側から外側へ、足においては甲から足裏へ貫く形をしていた。さらに、脇腹にも槍で突かれたような傷が現れ、おびただしい出血があったので、聖者の衣服はしばしば血でぐっしょり濡れたと記録されている。
シスター笹川が手に受けた傷は、おそらくこの“聖痕”と呼ばれるものであろうが、「奇跡」や「聖人」と同様、「聖痕」もまた、教会が公式に認めるには厳しい調査を経る必要がある。
教会が奇跡と認める現象は、実際に起きている無数の奇跡のうちのごく一部でしかない。

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癒し 8

かつて『大いなる生命と心のたび』で、イタリアのランチャーノというところに行ったことがある。
その場所で、今から1200年も前のこと、一人の司祭が疑問を持った。
ミサの間に「聖変化」されたというこのウエハース、本当にイエス様の体なのだろうか……そんな馬鹿な……。
次の瞬間、手にしていたウエハースは血のしたたる肉に代わり、司祭は恐れおののいたのだった。
その肉は、今日も腐敗することなく、ランチャーノに保管されている。われわれは修道院のご配慮により、祭壇の裏側から至近距離でこれを拝見させていただいたが、見た目には肉なのかどうかよく分からない。
が、現代科学の力により、これがヒトの心筋であることや、なかに血管や神経組織が見られることが確認されている。血液型も分かっていて、ランチャーノの「ご聖体」はAB型であった。
ABO式血液型というのは、もともと赤血球膜に分布する物質を分類する方法であるが、広く体細胞、体液、分泌液中にもその物質は存在する。
つまり、ABO式血液型とは、名前こそ血液型だが、実際には人間の細胞全般を仕分けするための指標だと思えばよい。
秋田の聖母像について分析された結果は、聖母像の手から流れた血液の血液型はB型、二度にわたって提出された涙の血液型は、AB型とO型だった。

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