青山圭秀エッセイ バックナンバー 第181号 –

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第181号(2024年8月29日配信)

『パリハーラムの傘』

今、日本で 、そして世界で何が起きているのか……。
それは正確には分からない。
しかし深いレベルで何かが起きつつあるらしいことは誰にも分かるし、感じられる。

今回進行中のパリハーラムが出てきたとき、そこにはこう書かれていた。
『現在、経済は平穏に推移している。
 そのために今、おまえがしなければならないことがある。
おまえたち自身の「経済」と、そして「安全」「健康」のため……』
???……
普通、ものごとが順調であれば、パリハーラムはしなくてよいかという気になる。
しかしここでは、“経済が平穏な”今、しなければならないことがあるとして、巨大なパリハーラムが処方されていた。
あまりの規模に、一度には費用を用意しきれない。そのためか、
『「葉の礼拝の儀式」は二度に分けて行ない、最初の回は、7月15日までに行ないなさい』
と指示されており、これに従い、7月14日に第一回目を行なった。
その際には、パリハーラムの一環として、10月の巡礼旅行にご招待する方を5人、抽選でお選びした。
『二回目の「葉の礼拝の儀式」は、9月15日までに行ないなさい』
とされているとおり、9月14日(土)、これを行なう予定であるが、7月下旬になって突然、新たな指示が現れた。
「スリ・インドラークシ・スワルナガルシャナ・バイラヴァ・マハーヤーハム」直訳すると、
「(至高の三神を支える女神)インドラークシと(最恐のシヴァ)バイラヴァ神に捧げ、黄金を授かる大祭祀」
聞いたことのないこのホーマをできるだけ早く行なうようにというのだが、大規模なホーマをそう簡単に準備できるはずもない。
ところが、それからほんの数日の間に、われわれはいくつかの象徴的な出来事を目にすることとなった。

新しい指示が出た直後の7月31日、イスラム組織ハマスの最高指導者ハニヤ氏が、訪問先のイランで殺害された。
面子を潰されたイランは激怒、即座にイスラエルに対する報復攻撃を宣言した。
これにより、ヨルダン川西域の“紛争”と思っていたものが、一気に中東全体の「戦争」へと発展する可能性が現実味を帯びた。

次いで数日後、日本では株式市場が騒然となった。
緩やかな正常化を目指していたはずの日銀が、政治家の圧力に屈して唐突な利上げに踏み切って驚いていたら、ほぼ同時にアメリカ経済のリセッション入りを懸念させる統計が発表され、不安定な世界情勢とも相まって、翌8月5日(月)の株式市場は売り一色となった。
今まで金利の安い円を借りて、他国の通貨で稼いでいた人びとが一斉に円買い戻しに走り、結果1ドル=162円から141円に急落、円安に支えられていた株価も暴落した。

今や、日本株取り引きの約7割はコンピュータによるプログラム売買で成り立っているといわれる。
通常の人間であればある程度上がったらそれ以上買いたいとは思わないし、ある程度安くなったらそれ以上売りたいとは思わない。
ところが、コンピュータには常識や良識、感情や節度などが組み込まれてないらしく、そんなことはお構いなしにプログラム通りの指示を出した。
買いだとなればどこまでも買い、売りだとなればどこまでも売る。
こうして、7月中旬に史上最高値をつけたはずの日経平均は、あれよあれよという間に史上最大の暴落に見舞われた。

これからどうなるのか、それについては予断を許さない。
専門家のなかには、じきに4万円を回復して、5万円、10万円にもなるだろうと予想する者がいる。
そうかと思うと、同じく専門家と呼ばれる人びとのなかには、日経平均株価はいずれ今の1/3、1/4に暴落、それどころか資本主義経済自体が崩壊するという見立てすらある。

思えば、「アベノミクス」の掲げた極端な金融政策は「異次元緩和」などと呼ばれたが、要するにそれは経済学の基本を無視した“禁じ手”であることが早くから指摘されていた。
当初、「マネタリーベースを二倍にすることで、二年で物価(上昇率)2%を達成する」と言っていた黒田日銀総裁(当時)も、思ったような効果を挙げることなく、10年以上も異常な緩和を続けることになろうとは、およそ想像していなかったに違いない。
そうして実際、やっと物価が2%を達成したときには、実はその原因が極端な円安によるものだったという、国民生活にとってはまことに厳しい現実が訪れた。
8月5日の暴落を「植田ショック」と呼ぶ人がいるが、実は過去10年にも及ぶ“禁じ手”政策のツケが、ごく一部廻ってきたに過ぎない。
ツケの全体がどれほどの規模になるのかは誰にも分からない。
要するに、国力全体が低下したのである。
そしてその結果、不況とインフレが同時に進行する、いわゆる「スタグフレーション」の影がすぐそこまで忍び寄っている。

ところで、私の教養ある知人のなかにも、「もっと株価が下がればいい、ついでに資本主義経済が崩壊したらいい」と言う人たちが常にいる。
いわゆる“精神世界”にも、そのような事態を嬉々として予言する人がいるのも事実だ。
たしかに、資本主義経済のもとでは貧富の差が拡大し、それが不公平感となって顕在化する傾向にある。
よってそのような社会はいっそ崩壊したらよいというのであるが、私はその気持ちだけは理解できる一方、考え方には必ずしも賛同できない。
資本主義経済が崩壊したとき、たしかに金持ちの皆さんは巨額の損失を被るだろうが、もっとも苦しむのがわれわれいわゆる庶民となることは間違いない。
戦後の闇市のような、文字どおり「喰うや喰わず」の状態が訪れるのである。
そんなとき、金持ちが自分たちと同じになるのだからいい気味だと思っていたら、実際には金持ちよりも先に私たちが飢える。
そんなことになってよいはずがないのである。

経済が大混乱するなか、追い打ちをかけるように地震が発生した。
8月8日午後4時42分ごろ、震源は宮崎県の日向灘沖、マグニチュード(M)7.1は決して小さくない。
これを受けて政府は同地域での巨大地震発生の可能性が高まったと判断、同日夜「南海トラフ地震臨時情報」を発出した。
最初の揺れ以降の一週間がもっとも危険性が高いという。
もともと、地震予知は現在の科学では極めて困難で、事実上不可能に近い。
にも係わらず、可能性が高まったことは確かであるとして「巨大地震注意報」が出された。
長く生きてきたがもちろん、生まれて初めての経験である。

遡ること13年前、東日本大震災の直後に出てきた予言には、こう書かれていた。
『今回、自然界は全力でこなかったが、蓄積されたゆがみやひずみはいつかは解消されなければならない。 だが、おまえたちの祈りや儀式、善行は、それを軽減する力をもっている……』
今回、新たに出てきた予言では、
『(自然災害による)損失はいずれやってくる。
おまえの生徒らのように、国のために尽くしている人びとが各国にいるので心配する必要はないが、それでもショックや試練があるだろう。
それらを避けることはできない。
自然界は、人間が損なっている。
人びとが、国が、世界を汚している。
そのために戦争やウイルスによる試練、災害による恐怖がやってくる。
アーヴァニの月(8月15日~9月15日)、多くの生徒と「葉の礼拝の儀式」を行ない、彼らがパリハーラムに参加できるようにしなさい。
できるだけ多くの人を、「パリハーラムの傘」に入れなさい。
そのなかからさらに三人を選び、巡礼に参加させなさい。
こうしてふたたび、プージャやホーマ、ダルマにかなった行為が、おまえたちを護ることになる……』

『経済が順調に推移し』平穏なときになぜ「経済」と「安全」、「健康」のためのパリハーラムなのかという素朴な疑問に、世界情勢と株式市場、そして天災が速やかに答えてくれた。
こうして緊迫した一週間が過ぎた後、なんとか8月の中旬、「大女神インドラークシとバイラヴァ神に捧げ、黄金を授かる大祭祀」が行なわれた。
当日、真夜中に空港に着いた私は、一日の間にほとんど10時間を車で移動することとなった。
それでもホーマは、あのチダンバラムの名刹ナタラージャ寺院の大僧正が配下の僧侶数十人を引き連れて司式くださり、大勢の地元の人びとだけなく、政治家や官僚らも祈りに訪れてくれた。
ちなみに、私自身は終了後、いくつかの寺院参拝を経てそのまま空港に向かい、帰国した後39℃の熱を出してしばらく起き上がることができなかった。
情けないかぎりであるが……。

ただ、幸いなのは現在、あれほど声高に報復を叫んでいたイランは沈黙を続けており、世界の為替市場、日本の株式市場も平静さを取り戻しつつあるように見えることだ。
日本の西南海もとりあえず、もっとも危険といわれた期間を通りすぎた。
だが仮に、南海トラフ地震のような天変地異が現実のものとなれば、その経済損失は東日本大震災の5倍~10倍と予測されている。
東日本の復興支援のために、国民には今も少なからぬ税金が課されているというのにである。
戦争は、遠くヨーロッパで行なわれているからわれわれに関係ないと思っていたら、中東を経て、アジアに飛び火するという現実的な可能性も出てきた。
中東や、アジアが戦場となれば、その影響はウクライナ戦争の比ではないだろう。
または、新型コロナウイルスのようなパンデミックがふたたび起きないという保証もない。

こうしたなか、日本や、人類の未来について予言の言及があったときには、<プレマセミナー><瞑想くらぶ>のなかでお伝えしたいと思い、皆さんが今もっとも心配しておられるであろうことの一部を8月25日(日)のセミナーでお話しした。
現段階では、シヴァ神による指示どおり、忠実にパリハーラムを進めていく他はない。
その結末がどうなるのかは分からないが、いずれにしてもそうしたい。
そのようにしながら、新しい時代のプレマ・サイババにお目にかかる準備を、ご一緒に、少しずつ進めていきたいと私は密かに思っている。

この長いエッセイ(とメルマガ)を最後まで読んでいただいたとしたら、それだけで嬉しい。心から感謝いたします。  


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