メールマガジン<プレマ通信>

青山圭秀エッセイ バックナンバー 第121号 –

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第121号(2019年4月3日配信)

『抽選』

皆さんに瞑想をお教えしていると、時折、
私が特別にしなければならないことが書かれた予言が、
探そうとしなくても出てくることがある。

『来年の末までに、祖国とおまえの弟子たちのために三度、
大きなパリハーラムを行なうことになる。
弟子のなかに、予期せぬ困難に遭遇しようとしている者がいるからだ。
彼らは、それに気づいていない』
この予言がでてきたのが昨年の2月、
タミル暦で“来年の末”は、今年の4月13日に当たる。
『(三つのパリハーラムのうち)最初のものを探すのは困難が伴う。
出てきたとしたら、それはあなた方の幸運を示している……』
これを探すために私と予言の読み手は質問を立て、
まずその答えが書かれた葉を探し出して、
そこに指示されていたさまざまな儀式や断食、慈善を行なった末、
最初の処方箋が出てきた。

インドで行なうことのなかに、
女神に一日、祭礼を捧げるというものがあった。
当日、ポンディチェリの村で、寺院から出て民家の祭壇に移られた神は、
家系を引き継ぐ一人の男に乗り移ると、
私たちの一人をじっと見つめて話しかけてきた。
それはまさに、予期せぬ困難に遭遇していた方だった。
『なんでも、私に聞くがよい……』
そう言われた神は、彼女の質問に答えた後、ふたたび祭壇に戻られ、
その日一日、われわれの捧げる祭礼をお受けになった。

その後、昨年の間に二回目のパリハーラムが行なわれ、
そうして予言されたとおり、今回、去年から数えて三回目のパリハーラムが出てきた。
それによると、私は、5月から6月にかけてインドを巡礼しなければならない。
どこに行くのか、どのような儀式や慈善を捧げることになるのかについては、
さらに別の予言を残してある……とのことだった。

2008年、われわれがインドに建立した寺院を開くための落慶式が行なわれた。
それから10年が経ち、次の星回りが巡ってきた。
そのための儀式と、皆さんのパリハーラムのため、
今年の『大いなる生命とこころの旅』は、8月最終週を想定している。
ラマナ・マハリシの聖地アルナーチャラ山を歩いて巡礼し、
カンチープラムで聖なるシャンカラチャーリヤの謁見にも与る予定だ。

しかし今回、その前にもインド巡礼を行なうように、
そしてこの旅には「“弟子”を連れて行くように」ということが指示されていた。
これを読み解いた予言の読み手は、原文の示唆に基づき、
連れて行く弟子を「抽選」で選ぶようにと勧めた。

4月14日(日)、タミル暦の新年とともに、神の化身・ラーマ王子の聖誕祭が訪れる。
この日はヴェーダの解説、皆さんとご一緒に行なう瞑想以外に、
神の讃歌を歌うようにという指示があったので、
その道の方に来ていただくべく準備を進めている。
その後、神々にお捧げした食事をいただく。

上記パリハーラムのための「葉の礼拝の儀式」は、
4月28日(日)、<Art3>完成編終了後に予定している。
この日は、アビシェーカ・プージャに加え、神々のご像、ご絵を大量の花々で埋めつくす
プシュパンジャリ・プージャも行なわれる。

春が訪れ、久しぶりにセミナーに出て瞑想もしてみようかと思っておられた皆さん、
平成の御代の最後、<Art3>をとろうか、
または再受講しようかと思っておられた皆さんには、
この機会にご参加いただきたい。
そのなかから、この旅に同行していただける方、同行しなければならない方を
神々がお選びになるものと信じ、
私も今からわくわくしている。


第121号追加(2019年4月9日配信)

『抽選 2』

現在は月に一度、日曜日のセミナーで『あるヨギの自叙伝』を解説しているが、
昔『バガヴァット・ギーター』の解説をしていた頃、こんなメールが届いた。
「私たち夫婦は共働きで、土日はともに仕事です。
平日の夜、セミナーを行なっていただけないでしょうか」
セミナーは土日とばかり思っていたが、そうか、そういう方もおられるのか……
ということで、木曜夜の時間帯に『バガヴァット・ギーター』を移し、
日曜日は代わって聖書の解説をすることにした。
すると当然、平日夜では聴きに来れないという方がいた一方、
ご提案の御夫婦は、しばらく木曜日においでになっていた。
が、ほどなくしておいでにならなくなり、そのうち完全に姿を消してしまった。
人生、そうしたものだと思いはしたが、しかしもとより、
皆さんそれぞれのご要望のすべてに応えることは、
したくてもできないのだという一つの貴重な学びとなった。

今回、インドにお連れする方を抽選で選びたいとエッセイに書いたところ、
「それは公平ですね」ではなく、
「東京近郊にお住まいの皆さんに有利な選び方です」というご指摘があった。
「もちろんみなさんは『すべては神の采配』とお考えになられるでしょうし、
実際そうなのでしょうが……」とのただし書きもついていたが、
そういう意味では、今回のことはシヴァ神による予言に示唆されていたので、
『神の采配』下にあるのはたしかだ。
しかしそれでも、日頃より、遠方の皆さんがセミナーや瞑想講座に
参加しにくいという事実は私もひしひしと感じており、
なので地方での瞑想講座の際には規定の人数に満たなくても開催したり、
遠方にお住まいの皆さんに何かと便宜をお計りすることもなくはない。

もとより、今回の抽選も、神聖なことではありながら、
“平成最後の運試し”といったふうに心楽しく捉えてもいただきたいし、
いずれにしてもすべての皆さんにご満足いただく方法はないのであるが、
しかし一方では、このおかげで
平成の最後に不公平感が残ったと言われてはシヴァ神に申し訳が立たない。
そこで、スタッフと一緒に改善策を考えた末、
抽選の方法、および参加条件を多少変更させていただくことにした。
特に、7月に神戸で<Art3>を受講される皆さん、
14日に東京に来られないがセミナーは聴きたいという遠方の皆さんは、
<事務局からのお知らせ>(5と7)に目を通していただければと思う。

国の税制が一つの典型であるが、さまざまなケースを想定し、
キメ細かい対策を講じていくと徐々に複雑になってきて、
結局「難しくて分からない、もっと簡潔に言え!」ということになる。
「公平」を追求すれば方法や記述が複雑になるのは避けがたいということで、
ご容赦いただけたらと思う。

さらに、この措置により抽選の参加者がやや増えることも想定されるので、
シヴァ神の指示よりも多くの方をインドにお連れすることを検討している。

なお、14日(日)のセミナーにおいでになる皆さんには、
終了後、インドの神々の讃歌・バジャンにご参加いただくことになる。
タミルの新年とラーマ王子のご降誕をお祝いする日でもあり、
その道のボランティアの皆さんにも来ていただくので、
サリーやパンジャビ・スーツ、クルターパジャマ(普通のパジャマではない……)で
来ていただいても華やぐかと思う。


第122号(2019年4月24日配信)

『平成』

子どもの頃、何を思ったか父に、「天皇陛下は死なないよ」と言ったことがある。
それに対して父は、「陛下も人間だから、いつかは亡くなるんだよ」と教えてくれた。
時代が昭和から平成へと代わった1989年、
それは突然のことのように私には思われた。
当時闘病を続けておられた昭和天皇が亡くなるというのが、
避けられないことであるのは頭では分かっていても、
御代が代わるなどということが想像できなかったのだ。

『新しい元号は、平成でありますっ』と、小渕官房長官が墨書を掲げたとき、
私は最初の博士論文の執筆中であった。冬の寒い時期、毛布にくるまれながら、
それまでに海外の学術誌に掲載された英文の論文を一つのテーマのもとにまとめ、
一冊の博士論文にしたとき、その厚みが5センチを超えたのに自分で驚いた。
元号が代わった年、私も大学院博士課程を修了して、新しい人生が始まっていた。

ベルリンの壁が崩壊したのは、その年の冬のことだ。
翌、平成2(1990)年には湾岸戦争が勃発して、バブル景気が崩壊した。
日本社会は、空前の好景気から一転、不況のどん底にたたき落とされたが、
その後、失われた10年、失われた20年……
と呼ばれる時代がまだ始まったばかりであるとは、
このとき、誰も想像できなかった。

そんななか、私は生まれて初めてインドを訪れ、
サティア・サイババにお会いすることになる。
『理性のゆらぎ』を上梓したのは平成5(1993)年で、
あいだ3年の隙間があるが、そのほとんどの期間は執筆ではなく、
これを出してくれる出版社を探すことに私は苦心していた。

平成7(1995)年1月には阪神・淡路大震災が起き、さらに3月、
オウム真理教が地下鉄でサリンを撒くという事態が発生した。
その頃、私自身は予言の指示により、
48日間、南インドはクットララムに籠もって滝業を行なっていた。

平成13(2001)年9月、一機の飛行機が
マンハッタンのビルに衝突するという事故があった。
ニュースを観ていたら、なんと二機目もその隣のビルに突っ込んでいく。
それがテロであることに初めて気づき、
すぐにロセンザルスの大学の同僚に電話すると、
なんと彼はまだそのことを知らず、台所で人参ジュースを飲んでいた。
私からの電話で、彼はのどかな一日の始まりに終止符を打つことになる。

100年に一度の世界恐慌の再来かといわれたリーマンショックは、
平成19(2007)年9月のことである。
もともと、世界中の金融商品に組み込まれたサブプライムローンに問題があることは、
長く指摘されてきていたものの、
実際にこれほどの信用収縮が一気に起こると予想できた者はいなかった。
24時間のうちに手を打たなければ、メリル・リンチも、バンクオブアメリカも、
AIGも、もしかしたらJPモルガンも、みな倒産したかもしれない。
最終的に、それをくい止めたのは、公的資金の注入という、
モラルを度外視した手法であり、それが唯一の選択肢だった。
このとき、貧しい人びとは口をきわめて言った。
自分たちが破産しても誰も助けてくれないのに、
なぜ金持ちの銀行が倒れようとしたら政府が税金で救済するのか?
しかし実際は、そうしなければ、世界経済は破綻して、
貧しい人びとこそがもっとも苦しむことになったはずだ。

だが、金融危機はある意味、まだよかったとも言える。
平成23(2011)年3月、東日本大震災が起き、
多くの尊い人命が失われ、いまだに仮設住宅にお住まいの方もいる。

同じ年の4月24日、昭和天皇のときとは対照的なことが起きた。
直前、はっきりした報せがきて、
サティア・サイババが肉体の衣を脱ぐことが告げられた。
8年前の今日のことだ。

今回のパリハーラムを行なうようピンポイントで指示されたそのときが、
平成の時代の最後であることを、聖者や神々はご存じだったのであろうか。
しかもその方法として、プシュパンジャリ(花々の)プージャという、
日本ではまだ行なったことのない、華やかな儀式が指定されていた。

この儀式を、4月28日(日)、<Art3>の後で行ないたいと思う。
参列を希望される<プレマ倶楽部>会員の皆さまは、
お申し込みの上、17時半少し前くらいにおいでいただきたい。
会場が狭いので、ご不便をおかけすることになるかもしれないが、
それでもなお、ご参列いただいて、
過ぎ行く時代の最後に神々の恩寵を受け取っていただけたら、
また日本や世界のためにご一緒にお祈りいただけたらと、私は思う。



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