メールマガジン<プレマ通信>

青山圭秀エッセイ バックナンバー 第111号 –

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第111号(2017年12月4日配信)

エッセイ掲載はありません。


第112号(2018年1月31日配信)

『師と弟子の関係』

私のよく知っている予言の読み手が、あるときこんなことを言った。
彼は読み手となるため、ほとんど学校にも行っていない状態で弟子入りをした。
以来、来る日も来る日もやらされることといえば雑用ばかり。
たまに師の機嫌がよいと、葉の検索についてチラリと聞かせてもらえるが、
それは体系的でもなんでもなく、辛い日々を続けていた。
若い時期、時間の進むのは恐ろしく遅い。
それでもなんとか数年が経ち、一通りの検索ができるようになってなお、
言いつけられるのは雑用と下仕事。
兄弟子は兄弟子で同じような思いをしてきているので弟弟子には厳しく、
自分はここに来るべきではなかった、もう諦めて家に帰ろうと思い詰めていた。
彼は、自分の国にサイババという神人がいることを信じていたが、
生活も修行も苦しいなか、ある日、彼はサイババに対してこうつぶやいていた。
「いったいどうしたらよいのでしょうか。もう無理です。家に帰らせてください……」
そう思って泣いていたとき、突然、兄弟子がやって来て言った。
「先生がお呼びだ」
「……」
「検索だそうだ。早く行け!」
そうして出ていったところ、待っていた客はインド人ではなかった。
読んだ葉には、『この人の名はマサヒデ……ディーパックとも呼ばれている』と書かれていた。

わが国でも、“芸”事も“道”事も、何かを習うには
まず師の家に入り、内弟子になったものである。
雑用をさせていただき、日々暮らしをともにしながら、何年か、十何年か経つうち、
もし見込みがあると認められれば少しづつ何かを教えていただける。
精神的なものであればあるほど、そうしたものであった。
私が、『(インドの)太古のアートを教えるように』と予言の葉に書かれた後、
かなりの期間そうしなかった理由も同じところにある。
本来はそれほどまでに内面を共有する作業であるがゆえに、
私は、これを大いに躊躇したのであった。
しかしその後、瞑想を教えた皆さんの予言の葉を読むようになってから、
『あなたの瞑想の師と……して』 『瞑想の師に……してもらって』
などという文言が現れるにつけ、こうしたことが個人の意志のみによって起きたり、
まして偶然などで起きたりはしないことを徐々に知るようになる。
以前にも書いたことがあるが、皆さんに瞑想を教えるためには、
ヴェーダの理論や科学を知っているだけではだめで、
そのためにさまざまな儀式や慈善を行なうようにという指示が出てくる。
そして今回も、そうした指示が現れた。
『弟子たちのために、できるだけ早く行ないなさい』ということがさまざまあるので、
2月4日(日)にそのための最初の儀式を行なう。
これは一番最近教えた技術と特に関係があり、また、最短で儀式を行なおうとすると、
その日はちょうど<Art5>を教える日に当たっている。
この日、<Art5>を受講される皆さんは他の皆さんのためにもぜひ与って、
ご一緒にお祈りしていただきたい。

<Art5>第二期が始まってから、普段はとてもおとなしい、言葉を交わしたこともない
受講生のお一人が近づいてこられて、最近とてもよいことがあり、困難が解決された、
先生が行なってくれている儀式のおかげです……といわれた。
が、感謝は、こうした予言を残された聖者や神々にこそされてほしい。
実のところ、皆さんに瞑想をお教えすることで、
もっとも多くを学ばせていただいているのは私自身であると言って過言ではないからだ。
本当のことである。


第113号(2018年3月23日配信)

『不条理』

「佐川さんに証人喚問をしても、何も出てきませんよ」
A氏は、淡々とそう語った。
政治・経済・法律が専門で、本来私などとは関係がないような高い社会的地位にいる
彼とは、なぜか馬が合い、時折、不定期に社会情勢全般について意見を交わす。
昨今の政局の意外な展開を憂う私に対して、氏は普通にそう言うのであった。
「自民党が証人喚問を認めた時点で、もう(佐川さんとの)話はついています。
それ以上の展開はありません」

佐川宣寿(のぶひさ)氏。
中学三年で父親を亡くし、三人の兄が働いて
出来のよかった弟を高校に通わせたという。
東大に入るのに二浪しているので、いわゆる苦学であったのだろう。
卒業後、当時の大蔵省に入ったとき、
家族はどんなにかこれを喜び、誇りに思ったか、想像に難くない。
その後、着実に出世街道を歩んでいくが、
問題となっている土地取り引きが実際に行なわれた当時、
彼はこれと何の関わりもなかった。
税務が専門で、国税庁長官のポストが空くまでの腰掛けで理財局長になったと思ったら
事件が発覚、巻き込まれてしまったのだ。
「なので、報酬についても阿吽の呼吸で決まっているでしょう」
と、A氏は言う。
ここでいう“報酬”とは何なのか。
政権を守るために、法を犯してまで文書を書き換え、
国会では虚偽の答弁を積み重ねた末、喚問にまで応じるということの報酬か。
「内閣官房機密費。領収書なしで何十億か、政権が自由に使うことができる。
かつては、(今もそうかもしれないが)
野党議員にも多くが渡っていた(渡っている)といわれるあれですね」
これについて、私は今もはっきりと覚えている。
政権を獲る前、民主党はその実態を明らかにするのだと息巻いていた。
が、実際に政権に就くや、着任した平野官房長官は
「はて、何のことでしたか……?」と、とぼけて見せたのであった。
つまり、今回のような事件が仮に民主党(今は民進党というらしい)
政権下で起きたとしても、そのときには民進党と官僚が
同じような対応をするということである。
実際、そうした事件はいくつもあった。
もちろんそのときは、自民党が彼らを責めたてたのだった。

今回、前文部科学事務次官の前川氏が、佐川氏に進言している。
曰く、「官僚は、辞めれば何でも言える」また、
「本当のことを言えば、幸せになれる」……
そうかもしれない。
だが、辞めても本当のことを言えない人もいれば、
本当のことを言っても幸せになれない人もいるだろう。
現に前川氏は本当のことを言ったがために、
出会い系バーに通った過去をマスコミにリークされたのであった。
奥様やお子さんは、どんな思いをされただろうか。
また、現職のときはさんざん政権のために嘘も言い、仕え、高給をとってきたのに、
辞め(させられ)たら途端に手のひらを返すのか、という批判もあるだろう。
どちらにしても、相対界は生きにくいのである。
正直な人にとっても、嘘つきにとっても。

かつてマハーバーラタの大戦争が起きたとき、
聖者ビーシュマや天才ドローナは帝王家、すなわち悪の側に加担した。
帝王家から禄を食んできたという、それだけの理由で、
彼らは邪悪な側に組みしなければならなかった。
それが彼らなりのダルマであり、生きる道だったのである。
今回、佐川氏もそのような“ダルマ”を選ぶのだろうか。
それがひとたび官僚となった者の“道”なのか。
それにしても、ビーシュマもドローナも、
最終的には自分たちは破滅に至るということを知りつつそうしたのである。
果たして佐川氏に、そうした認識や覚悟はあるのか。
氏のことを想うとき、そこはかとない哀しみを私が感じる所以である。

つい最近出てきた予言は、こう語っている。
『(おまえの)祖国の指導者は、大変不安定な情況にある。
気の狂った王は、いまも諸国を脅している。
弟子のなかにも、苦しみに突入していく者たちがいる。
彼らは現状に気づいていない。
これらを軽減し、解消するために……』
特殊な儀式を、ヴィラック・プージャの特別な形式で行なうようにという指示である。

このパリハーラムは、見つけること自体が難しいだろうと、もともと予言されていた。
出てきたとしたら、それは私たちの幸運を意味しているとも書かれていたが、
その後、断食やプージャを含むさまざまな努力の末、見つかったものだ。
皆さんは、4月1日のセミナー後のプージャに可能ならおいでいただき、
是非ご一緒にお祈りいただきたい。
プージャ後の食事は、インドの料理人が沐浴し、マントラを唱えて作った特別なものを
バナナの葉の上に盛って召し上がっていただくことになる。
人数を把握したいので、必ず、メールか電話でお申し込みをいただきたい。


第114号(2018年4月14日配信)

『蝶の羽ばたき 2』

2017年9月発行プレマレターVol.36のエッセイ『蝶の羽ばたき』では、
1962年秋に勃発したいわゆる「キューバ危機」の際、
さまざまな幸運が重なった結果、偶然、核戦争が回避された様子を述べた。
また、現在7年が経過した福島原発事故でも、
一つ対応を誤れば、大げさでなく、東日本には
二度と人が住めなくなってもおかしくない情況であったことにも触れた。
実際、あのとき、海水の注入を止めるようにという東電本店からの指示に対し、
当時の吉田昌郎所長が「分かりました」と口では答えながら、
実際には注入を続けるよう部下に指示した記録が残っている。
この国を救ったと言っても過言ではない吉田氏は、その後白血病に倒れ、亡くなった。

2月に巡礼したばかりのイスラエルは、
米国大統領がエルサレムを首都と認定してしばらく不安定化していたが、
実際に旅行してそのような不安は一切感じることなく帰国することができた。
不具合は、たとえば、安息日に行き先階のボタンを押すことも仕事として禁じられているので、
一階ごとにエレベータが停止する、といった文化的なことで、
むしろそれくらいでよかったともいえる。

ところが、その隣国のシリア情勢は容易ではない。
この国は、しばらくの間テロ集団である「イスラム国」に蹂躙され、
そのなかで日本人ジャーナリストが命を落とすという痛ましい事件も記憶に新しい。
イスラム国については、先進各国の協調した対応により、おおむね鎮圧された模様だが、
この度、この国では化学兵器が使用されたようだ。
しかもそれは、政府が、反体制派とはいえ自国民に対して行なったとされている。
日本のような平和な国に生まれ育ったわれわれにはピンとこないが、
西側の指導者たちは事態を見過ごそうとはしていない。
反体制派の武装組織だけではなく、女性や子供までも巻き添えになって
多数が死傷したわけだからそれも当然であろうが、現地は凄惨な情況だという。
われわれが映像で見るように体中に水をかけられ、
吸入をさせられている子供たちはまだよいほうで、
そんな処置を受けることなく悶え苦しみ死んでいった子女も多数いるだろう。
問題は、このような非道を繰り返すシリア政府の背後に、ロシアがいるということだ。
というよりも、今やシリアとロシアはほとんど一体であるともいわれる。
実際、「24時間から48時間のうちに重大な決断をすることになるだろう」
という米大統領の警告に対し、
ロシア政府は、「ミサイルを撃つならそのすべてを撃ち落とし」
さらには「ミサイルの発射元をも攻撃する」と宣告した。
それに対し、米大統領は、
「ならば準備しておけ、ロシア、なぜならミサイルが飛んで行くからだ」
などと、ツイッター上で挑発するありさまだ。
そうこうしているうちに当初警告の48時間は過ぎたものの、
今日になってアメリカは軍事行動を決断し、
すでに地中海上に展開している空母打撃群が巡航ミサイルを打ち込んだ模様だ。

自分の人生を振り返るとき、後になって足のすくむ思いがすることがある。
なんと愚かにも、なんという危険を犯し、なんという偶然に助けられたか……
そんな場面がいくつもあった。はっきり言って今回の人生、
すでに何回か死んでいてもおかしくなかったと私は思う。
そしてそれは、国の命運も、世界の歴史も同じなのだ。
真実は常に、後になってから分かる。
そのとき、どのような危機を自分たちがくぐり抜けていたのか、
どのような危機の淵に立たされていたのかを初めて知ることになる。
いや、それらが本当に分かるのは、人生が終わった後なのかもしれないが……。

ロシアは、「シリアへ軍事介入するなら、
それは政府の依頼を受けて駐留しているわが軍が容認できるものではなく、
最悪の結果を招く恐れがある」と警告している。
米大統領も、世界に対してさまざまな脅しをかけ、
“頭の狂った北の王”もまた、そうだ。
実際、今回の予言にはこう書かれていた。
『精神的に正常でない指導者らが、諸国を脅している』−−

そんな予言が正しいと思える時代にわれわれは生きているが、
そうであっても、行なうべきことには変わりがない。
自分に与えられた仕事を誠実に行ない、役割を忠実に果たす。
できれば儀式に与り、祈りを捧げ、瞑想によって深い意識状態を経験する。
苦しんでいる隣人がいれば、可能なかぎり助ける−−。
地球の裏側の蝶の羽ばたきのごとく小さなことのように見えても、
そうしたことの一つひとつが世界全体に肯定的な影響を与えることは、
何もかもが不確実なこの時代にわれわれが知りうる、
間違いのない事実なのである。


第115号(2018年8月8日配信)

『女神との出会い』

南インド、ポンディチェリの村で千年以上にわたり信仰されてきた女神。
彼女は祭りの朝、寺院を出、とある家系の小さな祭壇にお入りになると、
その家系の誰かに降りておいでになるという。
その日、女神は寺院を出て、小さな祭壇にお入りになった。
日本からの巡礼団は、外で楽隊による盛大な音楽と踊りを堪能していたが、
伝令がやってきて、五人だけ中に入れてよいという。
敬虔な人びとの集まりのなかで五人を選ぶのは難しかったが、
なかに一人、躊躇なく選んだ方がいた。
地方の都市から遠路参加されていたというだけではない。
彼女・Mさんのことは、この日の祭りを私がお捧げすることになった
シヴァ神の予言のなかに示唆されていたのであった。
『これから困難な情況に入ろうとしている弟子がいる。
その者は、そのことに気づいていない……』
書かれていたとおり、病は働き盛りのご子息に速やかに忍び寄り、
大きな商家が傾きかけるほどの大事に発展したのだった。
本来、こうして旅行においでになれるような情況ではなかったにもかかわらず、
Mさんの信仰は、文字通り万難を排してインドの地へと彼女を導いた。
彼女は、小さな祭壇の前で僧侶が唱えるマントラを耳にする前、
設えられていた女神像を目にするや、感涙にむせんだ。
このとき、家系に伝わる予言が今年も成就し、一人の男性に神が入った。
突然声を上げ、体が硬直して倒れそうになったので、周囲が彼を抱き抱えた。
呼吸は荒く、人間の体に神が入ることに順応する時間が必要なようだ。
ほどなくして落ち着いてきたが、
その眼差しは、いまだ神がそこにおられることを明瞭に示していた。
神に入られたその人なのか、その人に入った神なのか……
彼はしばし周囲を見回すようにしていたが、
やがてMさんに視が止まった。彼女をじっと見つめ、おもむろに口を開く。
『聞きたいことがあれば、聞きなさい……』
急いで、通訳してくれる人を呼ぶ。意味を知るや、Mさんは躊躇うことなく問うた。
「私の今生の使命について、お教えください」
答えは、即座に返ってきた。
『おまえのことはわたしが守っているから、心配はいらない。
物事は成就していく……』
そうしてさらに、具体的な指示をお与えになったのだった。

この日、私にはそれとはまた別の“指示”が与えられた。
『次に新しい瞑想の技術を習う人のために、
瞑想の基礎をもう一度教えるのが望ましい』
そう私に告げたのは、降りてこられた神ではなく、予言の読み手である。
以前より探していた予言の章がこの日新たに見つかり、
その一部が私に伝えられたのであった。
 
女神に捧げる盛大な一日の祭りの、それらは始まりにすぎなかった。
その後私たちは女神像をふたたび寺院にお戻しし、長いプージャに与った。
貧しい人びとに昼食を振る舞い、夜、今度は女神像を山車にお乗せした。
楽隊と芸人が繰り出し、私たちも大きな掛け声をかけながら山車を引き、
あるいは一人ずつ山車に乗り、夜遅くまで祝いの品々を
村の人びとにお配りするという光栄に浴することとなった。
十年前、これに参加したとき、興奮は朝まで収まらなかった。
今回は一緒に高揚してくれる仲間たちがいて、
それがまた、私にとってこの上ない喜びになったのだった。



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