企画旅行

第10回『大いなる生命と心のたび』
〜清貧の聖者と聖母を訪ねる8日間〜 イタリア

2005年6月26日〜7月3日


毎回ご好評をいただいているヨーロッパの聖地巡礼は、今年いよいよ「愛と清貧に生きた聖者フランシスコの地・アッシジ」、「聖家族の家・ロレート」、アドリア海の真珠「スプリット」を経て、「メジュゴリエ」に向います。
メジュゴリエは、現在、聖母マリアがご出現になっている聖地です。


旅程

6月26日 成田→ローマ

成田空港にて青山圭秀ご挨拶の後、ローマへ向います。
(ローマ泊)

6月27日 ローマ→アッシジ

午前:
新ローマ法王誕生に沸くローマを巡礼します。

バチカン市国、サン・ピエトロ大聖堂を訪れ、地下に眠る歴代ローマ法王の墓所で祈りを捧げます。また、13世紀、修道院設立を願ってアッシジの聖フランシスコがローマ法王に謁見したサン・ジョバンニ・イン・ラテラーノ、イエスを磔にした木と釘の残る聖十字架教会、聖母マリアが8月に雪を降らせたサンタ・マリア・マッジョーレ、奇跡のイコン『絶えざる御助けの聖マリア』を保管する聖アルフォンソ教会を訪ねます。

『絶えざる御助けの聖マリア』は、15世紀までクレタ島にあり、以後、ご出現になった聖母自身がローマへ移すように言われたため、ここで崇敬されているものです。
祈りを捧げた人びとに数々の奇跡を起こしたことで知られ、2001年元旦に巡礼した 際には、聖母宛てのお手紙を特別に聖櫃内に入れさせていただきました。
そのときの願いが奇跡的にかなったという方が何人かおられ(青山もその一人)、今回是非、ということで再訪が実現しました。

午後:
ローマ市内で昼食後、専用バスにてアッシジに向います。

13世紀、富と権力に奢り高ぶるローマ・カトリック教会に対し、一人の青年が素朴な疑問を抱きました。イエスに倣い、貧しくとも崇高な生き方をしたいと願った彼は、仲間とともに修道生活を始めます。その考え方に魅せられた人びとは次々彼の元に集まり、後に世界最大の修道会が生まれました。
宗教の垣根を超えて愛され、崇敬される聖フランシスコの地アッシジでは、この日の午後と翌日午前を使い、聖者の生まれた小屋、啓示を受けた十字架等の他、聖痕による血の残る修道服(聖フランシスコ教会内)、聖者が生活に使った遺品、ジオットによる世界的名画『聖フランシスコと聖女クララ』などを拝礼します。

夜:
今も中世そのままの趣をたたえるアッシジの街を自由にご散策ください。
(アッシジ泊)

6月28日 アッシジ→ロレート→アンコーナ

午前:
引き続き、アッシジを巡礼いたします。

午後:
イエス・マリア・ヨセフの聖家族は、ユダヤ・ナザレ地方で質素な生活を送りましたが、1291年、イスラム教徒による攻撃を受けようというとき、その「聖なる家」は天使たちの手により移されたと伝えられています。以後、歴代ローマ法王ばかりでなく、東洋に旅立つ前の聖フランシスコ・ザビエル、デカルトやガリレオのような偉人たちがこぞって巡礼した聖なる街ロレートと、聖家族が住んだ家を訪ねます。

夜:
イタリア東海岸の美しい港町アンコーナから、フェリーでクロアチアに向います。船から見るアンコーナの夜景と、朝もやにけぶるアドリア海の真珠・スプリットの風景をお 楽しみください。
(船内のお部屋泊)

6月29日 スプリット→メジュゴリエ

早朝、船は世界遺産の街・スプリットに到着します。
朝食後、古代ローマの要塞都市にあったディオクレティアヌス帝宮殿、15世紀のスフィンクスが飾られた聖ドムニウス教会等を巡礼します。

午後、紺碧のアドリア海を眼下に見下ろしながら、専用バスにて聖地メジュゴリエに向います。
着後、ご出現の教会でのミサにご案内します。
(メジュゴリエ泊)

6月30日 メジュゴリエ

1981年、秋田の聖母マリア像が最後の涙を流された後、ユーゴスラビアの寒村メジュゴリエで6人の少年と少女が同時に聖母マリアを見ました。
聖母は、その後毎日夕方、同時刻にご出現になり、少年たちに語りかけ、触れ、預言や品物を残されるという、空前の事態となりました。ご出現は今も続いており、当地を訪れた人びとのなかには聖母を見たり病気が癒されたりしたばかりでなく、かつてファティマであった「太陽の奇跡」を目撃するなどの奇跡が続いています。
また、聖母を見た子供たちには十の秘密が語られ、そのなかには人類に関する重大な預言が含まれるといわれています。
聖地では、聖母ご出現の教会である聖ジェームス教会、聖フランシスコ会、ご出現の山等にご案内します。
(メジュゴリエ泊)

7月1日 メジュゴリエ→ドブロブニク→ザグレブ

午前:
聖地メジュゴリエを散策する、聖母ご出現の場で祈るなど、心ゆくまでお過ごしください。

午後:
ふたたびアドリア海を眼下に見ながら、世界遺産の街ドブロブニクに向います。誰もが生涯で一度は訪れるべきと下江添乗員も語る古都ドブロブニクで、聖フランシスコ教会、司教座大聖堂、旧総督府など、中世の芸術的な街並みを堪能していただきます。

夜:
空路ザグレブに向います。
(ザグレブ泊)

7月2日 ザグレブ発

いっぱいの思い出を胸に、お土産を手に、帰国の途につきます。
(機中泊)

7月3日 成田着

朝:成田空港着。

ご参加いただいた皆さまの感想と、青山圭秀よりのお返事(A)

昨日からようやく働いていますが、まだまだ、魂はどこかをさまよい歩いているようです。ああ、あのメジュゴリエの丘で過ごした時間は私の人生最高の至福のときかも…。ぎりぎりまで行けるかどうか分からずにいて、ずっとマリアさまにおたずねしていたんですよ。良かった!

(A)皆さん、それぞれのドラマを経てのご参加でした。私自身も、そうでした。



旅行から帰って一週間経ちますが、まだまだ日常の生活に慣れず、体はこちらにありますが、心はメジュゴリエにある様な感覚です。
あの場所は、本当にマリア様がいらっしゃったと感じました。ローマ、アッシジもとても素晴らしかったですが、メジュゴリエにいるときの心地よさというか、マリア様に見守られているといった安心感は他の場所では感じられないものでした。“ああ、この場所に来ることができてよかった”と深く思いました。また、ご出現の丘に登って山の上から見た夕陽が何と美しかったことでしょうか……。あの様な夕陽を見たのは生まれて初めてです。もう一度メジュゴリエに行けますように……と早くも祈ってます。

(A)その祈り、きっと聞き届けられますよ。



もし今回参加出来ていなければ、エッセイを見て100回くらいため息をついては遠くを見ていたと思います。

(A)そうなるからって、最初から言ったでしょ!



今日は、私の誕生日。
けれど、此処まで齢を重ねこのような「幸福感」に包まれた日を迎えようとは思いもよらなかったことです。

(A)おめでとうございます。お若くしてそんな感慨に浸ることのできる君は、本当に幸せ者。



巡礼の旅に伺わせていただいて私、ほんとによかったです。その後にそう思いながら過ごすことばかり。家族も旅の話をしたらとっても喜んでくれて、嬉しい。マリアさまのお陰です。

(A)巡礼というと、ときどき家族の皆さんは不安があるようなのですが、いつもこうして解消されます。



写真を見返していたら、なんて幸せなんだと思い出に浸ってしまいました。後半にゆくにしたがって私の顔は良くなってゆくのです。体と心の中に神が入ってきてくれる隙間ができたんでしょうね。
はじめと終わりの私の顔はぜんぜん違いましたが、俗の世界と、きれいな世界があって、私がその両方に行き来できる人間であるということ、それがうれしいです。
旅のことで、思い出すのは楽しいことばかり。とてもいい思い出ばかりなので、メジュゴリエの美女たちと早く反省会したいなと、希望してます。そのときには是非、妻も誘いたいのですが、それは許されますか。

(A)おかげさまで、楽しい旅になりました。「体は都会に、心は森に」。生活の極意を生きてらっしゃるお方、メジュゴリエの美女たちと再会する機会を作ります。奥様もご一緒にどうぞ。



旅の仲間からメールがきました。『…略…、旅から帰ったあとも、場面場面を反芻しながら、しかもその一つ一つがよく考えると人生の貴重な時間だったと感じられるような、あとからもっともっと良くなる不思議な旅なんです』
まさに同感!あとからあとから効いてくるんですよ!この旅は…。

(A)一生の財産になってほしいと願ってます。



おかげさまで本当にたくさんのお恵をマリア様にいただくことができました! 求めていたものを与えられ、ハートが愛で充ちてとても温かく感じます。

(A)皆さん、そのようですよ。



言葉では言い尽くせない感謝の気持ちで一杯です。こんなに充実した巡礼の旅はあるでしょうか? 目を閉じると走馬燈のようにローマ、メジュゴリエ、ドブロブニクと思い出は尽きません。
主人は見かけですが元気になったようです。奇跡であるかも・・・と思っています。有り難う御座いました。

(A)巡礼中、ご主人様がどんどんよくなっていっているような気が、私たちもしていました。その後、いただいた次のメール、感謝に絶えません。

昨日、大学病院で主人の血液検査に参りました。何と、数値が下がって受け持ちの先生はびっくりされました。「何か(違う)お薬を飲みましたか?」としつこく尋ねられたので「イタリアの巡礼でしょうか?」とお答えしました。「あ〜旅行に行くと言ってましたね。よかったですか?」と言われ、この非科学的の答えには応じて頂けませんでした。主人は本当に元気になっていくようです。メジュゴリエのマリア様のお取り次ぎに感謝しています。

車椅子で参加されたご主人様も奥様も、いつも周りに笑みを振りまき、私たちに勇気を与えてくださったのが、今も忘れられません。



メジュゴリエで石を持ち帰り、誰にあげようかというときに一番最初に思いついたのが、Sさんでした。 彼女は以前、脳梗塞をわずらった方です。
彼女から下記のようなメールが届きました(劇的!)。
(中略)
ルルドは水でしたが、メジュゴリエは石が奇跡の力を持つのかもしれませんね。
まだもうちょっと石はあるので、今度は誰に上げようかと楽しみです。

(A)その後、偶然私もSさんにお目にかかり、お元気な姿を拝見したのは、感動でした。



このツアーは奇跡のマリアツアー(マリア巡礼)といえると思います。添乗員の人選から始まって、、、。

(A)下江添乗員を得たこと自体、奇跡みたいなものですね。



今回の旅はまるで『巡礼ミステリーツァー』でしたね〜! あまりにも内的変容の多い旅だったので馴染ませるのに時間がかかりそうです。

(A)そうですね。私も、10日経っても、まだ余韻醒めやりません。



メジュゴリエの教会のマリア様が一番何か感じました。瞑想の2nd STAGEで教わったことが、今回わかった気がします。

(A)真理の源は、一つですからね。



フランチェスコさまとクララさまのところに行って、お二人の愛情豊かな日々を感じたことは、とても大きなことでした。私もそんな豊かな生活ができるようにと、祈ります。

(A)あのお二人に、男女の愛の理想を見るようです



この旅行で、私は沢山の自分と会いました。美しい物の前で浮き出てきた私の自意識とか、手放したいのにしがみついてる自分に、悲しくてへこみました。でも、この旅行で、とにかく皆さんが、体力的にきついはずなのに、きれいな笑顔をみせてくれて、何度も何度も涙が出そうに……。
そんな中、ヨゾ神父様に会った時、どんどん笑顔になれて、心が融けていく感じがして、顔は笑顔なのに融けたのが涙になったかのように出てきました。ヨゾ神父様と微笑み合っていると、頭の中に言葉は出てこないけど、会話しているような気持ちになりました。
旅行中の色々な出来事に遭えて、こんなに、心が揺さぶられる想いが出来る場面に私がいられるのは、とても大きい力に動かされているとしか思えなくなっています。

(A)本当によかったですね。自分自身と出会うことが、巡礼の最終地点です。



幼稚園はキリスト教だったのに、ずっとマリア様とかイエス様を感じていなかった私にとっては、今回の旅行での大きな収穫は、マリア様を実感できたことです。確かにいらっしゃって、みんなを心配してくださっているのですね。
旅行全体はとっても楽しかったのですが、最後のホテルの全面ジャグジーを見た時だけは、涙がちょちょぎれました(笑)。だけど帰国してからゆっくりと考えたら、あれはフランチェスコからのメッセージというか彼の御意思だったんじゃないかと思います。普通の観光旅行でしたら、豪華ホテル滞在もたまにはいいのかもしれませんが、「巡礼」という目的の旅行で、特に今回フランチェスコの聖地を訪れた足で行くには似合わないホテルだったのかもしれません。。。そうわかったら納得しました。旅行会社は最後の夜なので、気を利かせてくれたのだと思いますが。

(A)エッセーにも書きましたが、あのホテルの部屋は、巡礼の最後の晩を東欧でくつろいでいただきたいという、秋山さんの特別なご配慮でした。旅行会社も、現地のオペレーター(秋山さんのような)も、この旅を特別なものとして大事にしてくれるようになっています。下江添乗員にとっても年間最大の楽しみで、力が入ります。



今回の旅はとても濃く、深い内容の旅となり、感謝でいっぱいの気持ちです。
多くの殉教者の壮絶な血と涙を吸ってきたローマの地に、マリア様の絵画がローマ行きを希望されたのは、 なき方々への慰めと慈しみに感じられました。
聖フランシスコはイエス様と何をお話されていたのか、何を感じていたのかとずっとお聞きしていましたが、ああ、もう神の愛そのもの、自然そのものであることが普通であり、木や石や風などと聖人の区別がつかない、森羅万象と一体ぐらいの意識レベルの方だったのかもしれないと思いました。
メジュゴリエのスベトザール神父のお話に、こんなに遠く離れた国に、私とまったく同じ考えで共感できる方がいらっしゃる、自分の心が世界とつながっている気がしました。
ミサでのスベトザール神父のロザリオを唱えるお姿が、まるで映画のワンシーンのようで、人が生きる理想と、泥まみれのお仕事が交錯する不思議な感覚でした。
メジュゴリエのマリア様は確かにいらっしゃると確信しています。お言葉、思いを受け取らせていただきました。が、どう実践していいのやら…
労働と信仰を人の基本とし、神の御心にそって生きる幸せは、私に光がささなくても、風のように生きていける、神とともに生きていくことを誓う、そんな巡礼の旅でした。

(A)スベトザール神父は絵になるんですよ、本当に。内面の充実が、隠しきれない方です。マリア様のお言葉、思いを受け取った君が、それをこれからどう実践するかは、祈りと瞑想が自然に教えてくれることと思います。



娘は寝る前に、毎日ロザリオを唱えることが習慣になってきました。メジュゴリエで調達したローズの香りのするロザリオで、お祈りするとすごく落ち着くんです。メジュゴリエの丘を登りながらしていただいたように、交互にお祈りを唱えると、とっても喜びます。
昨日の夜のお祈りの後、信じてもらえないかもしれませんが、すごく美しい響きのチャイムのような音が上からしました。二人で、きれいだったねっと、見つめ合いました。

(A)ロザリオの一つひとつを、マリア様が聞いて微笑んでおられます。



おかげさまで今回の旅も本当に学ぶところが非常に多く、深くこころに刻まれる貴重な体験となりました。マリア様のメッセージを自分自身の体験として、ハートで受けとることができたように感じております。メジュゴリエの丘を、ロザリオを唱えながら登り、平和と愛を感じ、私は本当に満たされていました。

(A)聖母を訪ねる巡礼の旅のなかで、ロザリオの祈りをいつも解説はしてきましたが、あのようにご一緒に一環を唱えるというのは初めてでした。私自身も満たされました。



メジュゴリエからの社会復帰は、起きてる時間帯は問題無くOKなのですが、眠りにつくと瞬時におメジュに戻ってしまい、いろんなことプロセスしているようです。
今度行くときは心ゆくまで滞在しようと夢から帰る度に想います。 きっと皆の帰りたくない気持ちが飛行機来ない事態を招いたのかも……。
あの時“メジュゴリエへ戻りましょう”という決断を待っていたのはわたしだけだったでしょ〜かねぇ〜……?

(A)「皆さん、メジュゴリエへ帰りましょう!」「ハイッ!!」となってメジュゴリエに戻る、みたいなことを想像すると、楽しいですね。でも、聖母の光の冠のようなドブロヴニクの夜景を見たとき、とりあえず満足しようと思いました。



バスで夜中、移動したあの町のともしびを思い出します。
神とともに真夜中をすごしている人々。 オレンジのあたたかなやわらかな灯りが石造りの家や人々を照らしていた風景。 古い教会。思い出すと癒されます。
ロレートも、ほんの少しの訪問だったけど、強烈な想い出になったと思う。 あたたかくって。うれしかった。
空港でみーんなと同じ食事をしたこと、歌ったり踊ったりしたこと。 かわいい少女マチルダからは、ハートをもらえたこと。 こころの宝箱を語り合うことができたこと・・・すべて神の祝福とおもいます。
とけそうな月、金色の太陽、真っ赤な太陽、青い海、青い空、やさしい風 きらめく星、雷雨、冷たい朝の空気、白い鳩、人々の笑顔・・・ また、旅をしたい。帰ってからすぐにそう思った。
マリアさまには、たくさーんハダカのココロでお願いしちゃった。。。叶うと信じてます。

(A)空港目指して夜中に移動したあのバスのなかこそ、本当の巡礼だったかもしれません。教会も、祭壇もありませんでしたが、いろいろなことを感じたバス移動でしたね。



今回の旅は、ハプニングも全てひっくるめて、一生忘れる事のできない、本当に素晴らしく、楽しく、そして幸せな旅行だったように感じています。(ザクレブへのバス移動も、楽しかったな・・・。て、思い出しています。)
1週間が3週間であったかのように感じられる、本当に充実した旅行だったと感謝しています。

(A)旅の欠点は、いつか終わるということです。が、3週間分楽しんでいただけたとか、代金の3倍分は楽しみましたという方もおられて、嬉しいです。



今回は「空」に近づいた旅となりました。マリア様の安らぎの波動をずっと感じていた気がします。聖なる御助けのマリア様、アッシジの聖フランチェスコ、サンタ・キアーラ、ロレートの教会、メジュゴリエの教会、等。ご出現の丘から眺めた夕日と、ザグレブへ向かうバスからの朝日は心に染みています。

(A)ザグレブの朝日、メジュゴリエの夕陽と同様、目に染みましたね。



本当に今回の旅行は素晴らしかったです。先生は仕事ばかりでとても大変だったと思います。帰ってゆっくり休んでくださいね。

(A)ありがとう。でも、年間でもっとも楽しみな行事です。



何度も先生の旅に参加させていただいて、ちょっとこつをつかんだのか、旅慣れたのか、帰ってから、なにか良いこと起こりそうな予感がするんです。現に旅行から帰ったら、まず最初に現実的に働くところを見つけないとと思っていたら、あっちからやって来たんです。ヴェーダじゃありませんが。びっくりしました。それから、わたしがこの旅行で思ったのは、クロアチア人になりたいということでした。はい。メジュゴリエに住みたいの。

(A)果報は瞑想して待て。巡礼して待つのも可。



新しい企画として、ホテルのランクを少し下げて、そのかわり差額で、お会いした神父様が携わっておられる孤児院等を訪ねて、子供達とお会いし何か必要なものを贈らせていただく。。。なんてどうでしょう? できれば他の人にも喜んでもらえることが企画に入っていると、より一層充実した巡礼になりそうですし、マリア様もフランチェスコも喜んでくれる気がします。

(A)ありがとうございます。でも、皆さんからのお金は、すでにカンボジアやインドで大変役にたてさせていただいています。



番外編

6月30日エッセーの巡礼(4)に掲載された写真「夕焼けの聖地」を、数日前から勝手ながら私の職場のパソコンの壁紙に入れさせてもらいました。職場で少しでも心安らかに過ごせるようにという思いを込めて・・・
昨日(8月4日)の夕方(日が傾き欠けたころ)、何気なくパソコンをみると、この壁紙の写真が本当に目の前に広がっているようなリアルな風景になっていました。光の加減がとてもリアルで立体感があり、さらにその場の空気や神聖な雰囲気までが伝わってくるような感じがしました。さらに、立ってお祈りをしている女性の頭の部分の輪郭が光りに包まれたようになっていました。光の加減なのかどうかはわかりません。が、この臨場感は旅行に行けなかった私をも包んでくれているようで、とてもとても至福なひとときでした。
(旅行に参加されなかった方より)

(A)旅行中、深い祈りに沈潜していた彼女は、本当に光に包まれていたのかもしれません。



HPにも記載されておりましたが、同行された皆様は本当にすばらしい方ばかりですね。 ザグレブ空港にて後発で発たれた皆様からもたくさんのお礼のメッセージを頂きました。
再び、皆様が当地へいらっしゃる日を心よりお待ち申し上げております。
(秋山三枝子さんから)

(A)秋山さん、皆さんからの感謝の気持ちを、どうか受け取ってください。