メールマガジン<プレマ通信>

青山圭秀エッセイ バックナンバー 第31号 – 第40号

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第31号(2010年1月1日配信)

暮れも押し迫った30日、突然、自宅の電話が鳴った。
「ライトフィールドですか?」
「はい……」
「こちら○○署ですが……」
「……!」
何も身に覚えがなくとも、突然警察から電話がかかれば、誰でも驚くだろう。
もしや、スタッフのNが羽目をはずし、
飲めない酒でも飲まされて保護しなければならないのか……。
そう思ったが、原因は私にあった。
インドから帰国した翌日、私は手帳を落としたのだ。
数日、さまざまなところに電話して探したがみつからず、
困り果てていたのが出てきたのだった。

手帳を落とすなどというのは初めてのことだが、
話は12月の巡礼旅行にさかのぼる。
旅行の最後、チェンナイで皆さんをお見送りした後、インドに残った私は、
村や森に入っていき、ふたたび、不覚にも食べ物にあたったのだった。
その状態でお米とコイン、ココナッツを頭に載せ、
裸足で聖サバリ山に登った。
帰国時の体重は47キロ、ギリギリ、フラフラの状態だ。
一夜明けた翌日、私は外で手帳を落としたのであるが、
帰宅するまでそのことに気づかなかった。

巡礼で訪れた聖地ティルヴァンナマライでは、
かつてラマナ・マハリシが瞑想に没入し、
『“わたし”は“それ(実在そのもの)”だ』という悟りを啓いた。
彼は蚊や蟻、サソリに刺され、全身血膿にまみれながら瞑想に没入していたという。
また、晩年は末期ガンの疼痛があった。
それでも自分は肉体でないことを悟った大聖者の聖地を巡礼しながら、
しかし終わってみれば、なんとわれわれの肉体は弱いものか。
吐きそうになりながら頭に重い荷物を載せ、鋭い小石が足の皮膚に食い込めば、
まさに“わたし”自身が苦しんでいるとしか思えない。
あっけなく手帳を落として気づかない。
まことに、頭で学ぶことと体現することとはかくも違うかと、
毎度のことながら学ばされる。

だが、そうして“自分が苦しんでいる”と感じた私の心の拠り所は、
その結果が、瞑想を教えた皆さんに還元されるということだ。
予言によれば、どのような不思議なメカニズムによってか、
それは瞑想を続ける皆さんに還元される。
そうでなければ、私はこんな苦しいことはしなかったし、できなかった。
そしてそれは、私を裏切ったり、
または誤解が生じたままの人びとにも還元されるだろう。

ところで、旧年中はおおむね月に一度ずつメルマガをご講読いただき、
ありがとうございました。
今年も懲りずに配信していきますので、よろしくお願いいたします。
新しい年が、本や、当メルマガの読者の皆さん、
とりわけ瞑想を続ける皆さんにとって、
健康で幸せな年になりますよう心より祈りつつ、
新しい年を迎えます。


第32号(2010年2月10日配信)

政治体制が変わってもなお、
さらに苦しむことになるわが国のために捧げなければならない儀式とチャリティの一環で、
盛大なホーマ(火の儀式)を行なうことと、
貧しい人びとのための家が完成したこととが重なり、
さらには私自身は聖サバリ山に登らなければならなかったので、
昨年の12月、急遽、第19回『大いなる生命と心のたび』を催行した。
そのなかで、アイヤッパ神に捧げる讃歌が村人たちによって歌われたとき、
すべてが盛大に終わったちょうどそのとき、大雨となり、
トタン屋根だけの会場が、まっ白い霧に覆われた話をブログに書いた。
それはまるで、天界の神々による祝福、というよりも、
姿を変えた神々の来訪のようにすら見えたのだった。

実際、そうだったのだろう。
後に、この旅に参加された方の予言を読んだとき、
そこにはこんなことが記されていた。

『この前の巡礼の間に、
 アイヤッパ神がサドゥー(隠遁者)に姿を変え、
 あなた(方)を訪れた』

旅の間に、サドゥーとすれ違うことは何度もあった。
ラマナ・マハリシのアシュラムで、
私が黄色い布を受け取ったティルヴァンナマライのシヴァ神大寺院で、
あるいはホーマの際、バジャンの際、その他の儀式の際……。
そのうちの一人は、アイヤッパ神が姿を変えて現れたものであると、
予言には書かれていたことになる。
今回の旅行中、いつ、どんなときにそんなことがあったのか、
われわれには分からない。
しかし私が体験した、『神々の科学』のなかに書いたようなことが、
あるのは事実だ。
しかもそれは、意外な身近にあることを、私は知っている。

そうしたことを含め、この世界の真実を知り、体験し、
さらに深めていくことができるかどうかは、
いったい何によるのだろうか。
21日の出版記念講演会では、そのようなことどもを含め、
これまでに考え続けてきたことをお話ししてみたいと思っている。


第33号(2010年2月17日配信)

黄色い布

それぞれの人に、それぞれの人生を象徴するような品物がある。
それはもしかしたら、
履き潰されたサッカーシューズやバレエシューズかもしれないし、
卒業式の日に先輩からもらった学生服のボタンかもしれない。
恋人からもらった初めての手紙かもしれないし、
あるいは婚約指輪や結婚指輪かもしれない。
それらには、モノとしての通常の価値をはるかに超える、
心や、生命が宿っている。

私のなかのそれは何かといえば、
一つには、読者の皆さんからいただいた手紙。
これは、どんどん量が増えこそすれ、捨てることはどうしてもできない。
自分自身の書いた本。
これもたしかに、私の命の一部だ。
聖者が物質化した腕輪やリンガム。
それは、この世の神秘と粗雑な物資世界を結ぶ接点かもしれない。
サイババが物質化した腕輪はいつも身の回りにあり、
これを十数年間、私が失くさずにきたのはサイババの奇跡の一部かもしれない。
また、聖者ハリ・シャンカラが物質化したシヴァ・リンガムは、
瞑想を教えるとき、または聖典の解説や講演のときには必ず持ち運びするので、
今回の講演にも持参していく。
そして今は、『黄色い布』がそれに加わるかもしれない。
こちらは、シヴァ・リンガムと違い、
今までどこにも持ち出したことはないし、
誰にも見せたこともない。
唯一の例外は、『神々の科学』の表紙用写真撮影のときで、
このときはカメラマンに自宅まで撮りに来ていただいた。

今回の講演に先立ち、
何人かの方からはこの黄色い布を見せてほしいといわれたので、
今回は持参するつもりだ。
ただし、神聖灰・ヴィブーティが吹き出ているので、
見るとほとんど灰色に見えるかもしれない。
講演終了後、希望される方は、
このヴィブーティに触れて帰っていただいて構わないが、
その際には右手の薬指、指先を使う。


第34号(2010年4月10日配信)

今年に入って何度も、会員の皆さんには
上野公園、隅田公園などのホームレスの皆さんにお弁当を配りに行っていただいた。
車を仕立てていただける方がいて、お弁当を積み、
何人もの方がそれに乗り込んで出発するのを見ながら、
いつも一緒に行きたいと思ったが、できないでいた。
このまま不可能な状態のままなのか、
一度私にも行かせて、などと心のなかで思っていたところ、ついに3月31日、
私も車に便乗させていただけるような、そんな機会が訪れた。
この日は夜の時間帯であったが、折しも桜は満開、月は満月、
その照らす先には高さが日本一になったばかりの東京スカイツリーが間近に見えた。

今回の巡礼の旅も、
従来に劣らず充実したものになりそうな予感は満載なのに、
予言の葉にはそのことが出て来ないのだろうかと、
つらつら思っていた。
そうしたところ、4月5日に出てきた葉のなかで、
聖者がそれについて言及してくれていた。

『明日、浅草で、二カ所のお寺で花を捧げ、瞑想をし、
 これから行く巡礼の旅の参加者の名前を、
 神仏の御前で読み上げるように……』

4月6日、もちろん、嬉々として浅草に出かけて行った。
まずは待乳山で、十一面観音と聖天様の前でこれを読み上げ、
次に浅草寺で、聖観音、不動明王、愛染明王の前で読み上げた。

その翌日、名簿にお名前のあった方のお一人Sさんが、
仕事の都合で行けないかもしれないという状況が発生した。
しかし聖者の予言では、翌4月8日、花祭りの日にも、
鎌倉で代理の人に同じことをしてもらう機会が設定されていたので、
行ってくれた人には、特にSさんのお仕事と巡礼の両立もお祈りしてもらった。
その人はなんと、大船観音、長谷寺、長谷大仏、成就院、極楽寺、
雪ノ下カトリック教会、鶴岡八幡宮等7か所で、
旅のための祈りを捧げてくださったという。
ちなみに、その一つ雪の下カトリック教会は、今回の旅行中、
ローマで訪れる『絶えざる御助けの聖マリア』のレプリカがある場所だ。
鎌倉にも、もちろん私自身が行きたかったが、聖者は、時間的、物理的に、
それが不可能であることを知っておられたに違いない。
それがむしろよかったのか、
Sさんからは、その日のうちに以下のようなメールが届いた。
「今回、ご一緒できそうです!
 夢にまでみたツアー、幸せです」

聖者は常に、こうした旅をご一緒する皆さんは、
それぞれに聖地やその地の聖者、聖女と関係があるのだし、
参加する皆さん同士も互いに関係があることを述べている。
実際にそうなのだろう。
しかしそうだとしたら、
今回のような巡礼の旅をご一緒できる皆さんだけでなく、
ブログを読んだり、本を読んだり、
まして瞑想を共にする皆さんとはいかほどのご縁があるか、
想像することができない。
そのようなすべてのご縁を感じながら、
聖地では祈り、瞑想してきたいと思っている。


第35号(2010年6月22日配信)

1999年5月24日、六本木のチャペルセンターで聖母マリアの集いがあった。
休憩時間に中庭に出、鮮やかな新緑に目を奪われていたそのとき、
「青山さん……」と声をかけてくる人がいた。

霊的探求を重ねてきたこの人は、
最終的に自分がもっとも惹かれているのは ナザレのイエスとその母マリアであることを、
徐々に悟るようになっていったという。
そうして、最終的には修道院に入ることを選択した。
彼女が選んだのは、マザー・テレサによって創立された、
貧しいなかでももっとも貧しい人びとを助けるための修道院だった。
4年後、ローマで初誓願を立て、
スペイン、フランス、マカオ等の赴任地を経て5年が経ち、
今回、終生誓願を立てることとなった。

フィリピンの空港に降り立ったときの熱気は、
まるでインド以上に感じられた。
彼女は暑さを嫌う。その上、
マザー・テレサの会は、他の修道会にも増して、修道服が厚い。
夜、蚊帳を吊って、規則に定められた衣類を着て、
一晩中眠れないこともあると彼女は言った。
この次の赴任地が冷涼な場所であることを、
式の前も、式の最中も、秘かに祈らずにいられなかった。

式が終わり、修道女として一人立ちした彼女に告げられた新たな赴任地は、
しかし、ふたたびフィリピンであった。
それはおそらく、今回の人生、
最後までこの地に住み続けることを意味していた。

この次に会うのは、何年後になるだろうか。
10年、20年は、あっという間に過ぎるに違いない。
そうしているうちに、今回の人生は終わるだろう。
そうして、霊界か、天界かは知らないが、
そこで会ったとき、われわれはどんな言葉を交わすのだろうか。
かつてともに巡礼した、
壮麗なサン・ピエトロ大聖堂に初めて入ったときのことを思い出すのだろうか。
アドリア海の美しい夕陽について語るのか。
あるいは、生涯をキリストに捧げたその輝かしい人生に比べれば、
そのような地上の事物は、すっかり色あせて感じられるのだろうか……。


第36号(2010年8月31日配信)

猛暑であった。
日本では多くの人が熱中症で倒れ、
ロシアでは二千人以上の方が亡くなったという。
お酒を飲んで酔っぱらった状態で、川に飛び込んだりするのが原因らしい。
農作物にも広範に被害が出て、野菜の値段が高騰、ロシアは小麦の禁輸に踏み切ったが、
一方で、南半球は、記録的な寒波に襲われているという。
いまや“異常気象”という言葉は日常語となり、常態化したかのようだ。

今から二百年以上前、イギリスで起きた産業革命は、
多くの人びとを過酷な肉体労働から解放し、人類社会に豊かさを与えた。
が、しかし同時に始まった地球資源の収奪や、弱者からの搾取が、
この惑星を苦しめてきたこともまた、事実である。
生命は、悲痛な叫び声をあげてきた。
しかし多くの人にはそれは聞こえず、
精妙な、意識の進化した人たちだけがこれを聞いた。

自然の法則そのものを生きる彼らは、
生命の脈動をその最も深い段階から感じられるので、
自然界の意志をそのまま行動に移す。
しかし残念なことは、そうした人びとが数においてはまったくの少数派であり、
大多数のわれわれは彼らのことを知らないか、気づかないでいるということだ。
社会は、その構成要素の集合意識によって運営される。
政治も、経済も、文化もすべて、それによって大枠が決まる。
そして、未来も。
このようにして、二百年前から、
われわれが物質的に豊かになることは決まっていたのであろうし、
地球環境が住みづらくなることもまた、おそらく決まっていた。
しかしそれは、われわれの意識のありようが、
長い間かかって目に見えるかたちをとったに過ぎない。
悪化しつつある地球環境は、
われわれの心の状態をそのまま表している。

長い間、人間の横暴に耐えてきてくれた自然界に、私は感嘆する。と同時に、
現在のようなかたちで教訓を与えてくれることにもまた、
感謝する他はないのである。


第37号(2010年10月21日配信)

瞑想をお教えしていて、ときどき聞かれることがあります。
「瞑想はこんなにも気持ちよく、体調もよくなるし、
疲れもとれて快適だけれども、
要するに自己満足に浸っているだけかもしれないと思うことがあるんです」
その答は明快です。
瞑想の効果を、自分だけのものにしておくことはできません。
明るくなったり健康になったりして、
その影響を周囲に及ぼさないことはできませんし、
それ以上に、もっと深いレベルで、
私たちの瞑想は、世界全体に影響を及ぼしています。
私たちの想い、言葉、行ないのすべてが、
その“深さ”に応じて宇宙全体に拡がり、
そしていつか自分自身に返ってくる。
だからこそ、この世界に「作用・反作用(カルマ)の法則」が成り立ちます。

想いや言葉、行ないの結果の力強さは、その深さによります。
瞑想や祈り、神々に捧げる儀式は、人間のとり得る最も強力な行為です。

ヴェーダ聖典のなかには、どのようなときと場合に、どんなマントラを唱えながら、
どんな供物を捧げ、どの神々を歓ばせることで、
地上に平和や調和をもたらすことが可能となるかが、縷々記されています。
恩寵は、個人にも、集団や国家にももたらされますが、
その方法を何千年も受け継いできた、特別なカーストに属する人びとがいて、
彼らは私たちの願いに応じて、適切な儀式を捧げてくれます。
今回、12月の旅行では、日本と、個人のために、
かつてなかった規模でこれを行なうことになります。

ブログにも書きましたが、この旅行中のもう一つの特別な催しは、
南インドを代表する歌手ヴェーラマニ・ダサンが、
私たちの目の前で神の讃歌を歌いあげてくれることです。
この報せを聞いた村人たちは、
今から色めき立っているとのこと。
実際それは、敬虔な人にとっては、
地方の山のなかに美空ひばりが来て歌ってくれる、そんな感覚のようです。

また、今回の旅行では、全員にイヤホンをお配りし、
今までどうしても聞こえにくいことがあった私の解説を、
離れていても聞けるようにします。

ところで、前回、【バガヴァッド・ギーター】第一章の復習が終わりましたので、
今週末の日曜日の<プレマ・セミナー>では、
【バガヴァッド・ギーター】のハートとも呼ばれる第二章をふたたび学びます。

<瞑想くらぶ>では自由な質疑応答を行ない、
今回は特に12月に行く聖地ティルヴァンナマライの聖者・
ラマナ・マハリシの言葉を解説します。

その後の懇親会では、皆さんで思い切り食べ、
はじけることといたしましょう。
加えて、スタッフは独自に、思わぬ催しを考えているみたいです。


第38号(2011年1月1日配信)

古来、人間は山や川、草木や風のなかにも神聖な何ものかを見、
生命の脈動を感じてきた。
そうしてなかでも、ある特定の山や川は特に神聖な地として、
礼拝の対象となってきた。

昨年12月、インドでも特に神聖とされる二つの山を訪れた。
一つはアルナーチャラ(ティルヴァンナマライ)。
もともとシヴァ神の御神体といわれるこの山は、
聖者ラマナ・マハリシが生涯、瞑想して過ごしたことでさらに有名となり、
今ではインド人のみならず、多くの欧米人が瞑想の日々を送る。
この山の周囲約14キロを歩いて回るという霊性修行があり、
これをわれわれは今年も試みた。
今年は、周囲といっても比較的山の中側を歩くルートを選んだが、
その“道”は、12月に入ってからの異例な豪雨のため、
多くが“川”と化していた。
そのなかを皆で助け合いながら進んでいき、
ちょうど半分ほどを歩いたところで時間切れとなった。

もう一つの山は、聖サバリ山である。
シヴァ神とヴィシュヌ神から生まれたアイヤッパのご神像が祀られたこの山は、
毎年1月14日、マカラサンクランティの祝日には、
上空を鷲が舞い、山頂に神秘の炎が灯る。
その前の2カ月間、毎日50万から100万人の人がこの山目指して巡礼してくるが、
ほとんど全員が黒の出で立ちだ。
今回の旅行中も見かけたが、インドのあらゆる村々、あらゆる街々から、
裸足で、黒装束、頭に重そうな頭陀袋を載せた一団がいたら、
そのすべての人びとがこの山に登る。
ある人は、村からのすべての行程を徒歩で数カ月かけ、
別の人は途中まで車でくるが、
すべての人びとが、山にくれば裸足で、頭の重荷は下ろすことができない。

今年、山の入り口のところで、しかしわれわれは大きな困難に遭遇していた。
あまりの巡礼者の数のため、列が進まない。
30分かけて約15〜20メートル。
二時間かかっても100メートルも進まない。
山の入り口のところと書いたが、実際にはまだ、入り口まで到達していないのだ。
前や、まして山の上がどうなっているのかなど、まったく分からない。
聖者の予言により、今年私と一緒に登ることとなった青年は、
大変有能、かつ敬虔な人で、
この晴れの日に備え、自宅近くを裸足で歩く練習を繰り返してきたという。
が、その彼が「先生、ボクはもう、発狂しそうです……」と言ってはばからない。
(こうして、先が見えない状態で、重荷を負ってじっとしていること自体が、
 今のわれわれの務めだから……)
そんなことを口に出そうとして出せなかったとき、
ふと、人生のすべてがこの山に似ていると、私は思った。

われわれの人生で、先がちゃんと見えていることなどそう多くはない。
上がどうなっているのかも、分からない。
それでも、呻吟しながらでも、生きること自体に意味がある。
苦しく、鬱陶しくても、肉体を持って生きることで、人は急速な進化に導かれる。
そうしたことを頭で知らない人でも、
生への強い執着が最初から備わっているのはそのためだ。
困難は、日々繰り返され、年ごとに繰り返される。
今、これを書いている2010年を振り返ってみても、それは困難に満ちていた。
これから数時間後、
多くの人たちが「明けましておめでとう!」と言いながら新年を迎え、
よい年であってほしいと願い、無邪気に祝い合うが、
しかし申し訳ないことに、
2011年が容易な年になろうはずなど、最初からないのである。
われわれの生活の根幹をなしているはずの国家財政一つをとってみても、
実は破綻の淵をもうすぐそこに見ているにもかかわらず、
ほとんどの人がその現実に気づこうとはしないのだ。

しかしそれでも、何がめでたいかといえば、
こうして新しい年を迎えて、個別生命が新たな進化の流れに乗っていくこと、
そのこと自体がめでたいのである。
自分では意識していなくても、
苦しくて成果に乏しいという感覚から抜け出せなくても、
人生のときを刻んでいくこと自体に、意味があり、価値がある。

そうは言っても、こうして2時間を立ち尽くして100メートルも進めない、
入り口まですら到達できない聖サバリ山への登攀を、
いったいどうやってこなしたのか、
ご興味のある方は1月16日の懇親パーティにおいでいただきたい。
驚くべき秘密の全貌が、そのとき明らかになるだろう。

人生は困難に満ちているが、しかし奇跡にも満ちている。
新しい年を迎え、その醍醐味を、
これからますます皆さんと分かち合っていきたいと願っている。


第39号(2011年2月9日配信)

昨年の12月、インドでの壮大な儀式を捧げるにあたって、
以下のような【バガヴァッド・ギーター】の文言を何度か引用した。

『祭祀によって、神々を繁栄させよ
 その神々も、汝らを繁栄せしめんことを
 互いに繁栄させることにより
 汝らは最高の幸福に到達する』(バガヴァッド・ギーター 3・11)

東洋の聖書といわれるこの聖典には、
神々と人間、天界と地上とが別々の存在ではなく、
一つの生命として機能していることが縷々、説かれている。
人間は神々を讃美し、感謝を捧げ、
神々もまた、人間に恩寵を与え、地上の秩序を司る。
共に相対世界に生きる者として、
人も神々も、不可分の一体として生きている。

『祭祀の残り物を食べる善人は
 あらゆる罪科から解放される
 しかし自分たちのためだけに食物を調理する悪人は
 まさに罪を食べることになる』(同 3・13)

盛大な火の儀式において、われわれは食物や薬草、宝石や金銀を神々に捧げるが、
そうして残った灰はこの上なく神聖で、
人をあらゆる罪科から解放するといわれる。
だが、瞑想中に純粋意識に入ると、
相対界に出てきたあとも純粋意識の質が残存する。
それもまた、「祭祀の残り」である。
それをわれわれは享受しながら進化し、
生きていくことになる。
 
2月11日の<プレマ・セミナー>においては、
以上のようなくだりに至るまえ、
その基盤を与える【ギーターのハート】第二章の解説をする。
また、昨年12月、
インドにおいて行なった壮大な儀式のあとに実際に残った灰を、
記念に皆さまにお配りする。
 
祭祀が実際の儀式であれ、意識の内側で行なわれる瞑想であれ、
いずれにしても、それはわれわれに内なる英知を喚起する。
そして瞑想においては、そのための特別な技術が存在する。
今月27日に行なう<Art4>は、結局のところ、
意識の内側の祭祀=瞑想を、
いかにして英知の根源まで到達させるかという技術に他ならない。


第40号(2011年3月19日配信)

この度の震災により亡くなられた方々のご冥福をお祈り申し上げますとともに、
被災されました皆さま、またそのご家族の皆さまには、
心よりのお見舞いを申し上げます。

3月11日の地震発生以来、
たくさんの皆さまから「無事ですか?」というメールをいただきました。
ブログにも書いたように、私は無事、というよりも、
日々、読み進めている聖者の予言の指示により、
連日、浅草や鎌倉の聖地で祈り、瞑想を繰り返しています。
ここへきて聖者がそれを指示される理由は、
私たちの環境や、私たち自身の内側を浄化しなさいということと思われます。
それは当然、今回の震災が起きたことの意味と、無関係ではないでしょう。
また、「早く東京から逃げ出しなさい」というどころか、
日々、浅草や鎌倉に出かけなさいという指示が出てくるということは、
少なくとも現在、東京はそうした心配はいらない状態であることを示しており、
近い将来もそうであろうと、私自身は予想しています。
そうではないという明らかな予兆があったときは、
速やかにブログにその旨、掲載するつもりですが、
いずれにしても皆さまにおかれましては、身の安全を確保されると同時に、
さまざまに押し寄せる情報を自己責任において取捨選択し、
常に冷静かつ合理的な判断を下していかれることを希望しています。

このようなとき、何か自分にできることがあるのだろうかとは、
それぞれに思うことですが、個人でもできることはあります。
神仏への信心をお持ちの方は、是非、お祈りください。
個別生命をお持ちの神々や仏たちが、
私たちの祈りを聞いていないはずがありません。
また、最高の祈りともいえる瞑想を習われた皆さんは、
普段にも増して瞑想する時間をみつけるようにしてください。
環境と私たち自身を浄化しなさいという自然界の要求を、
大いに満たして差し上げることになります。
特に<Art3>を習われた皆さまは、必ず、この技術を使って瞑想してください。

瞑想や祈り以外に、より具体的に何かしたいという会員の皆さまの声も、
少なからず届いています。
会員の皆さまのなかには、世界中の貧しい人びとのために、
ご自分の許容量を超えるほどの援助をしてこられた方も多数おられ、
新たな寄付を募ることについては相当に躊躇しました。
しかし実際、私たちの身近な方のなかにも、
無事ではあっても当面の食糧、生活費がないという方や、
家屋がほとんど倒壊しそうだという方、
一家の大黒柱を失くされたという方や、
原発の現場で身を危険にさらしながら闘っている方もおられます。
やっと電話がつながったと思ったら、今、
炊き出しに何時間も並んでいるところですと言われたりもします。
今まで、炊き出しをしてきたような方が、
今は寒風のなか、炊き出しに並んでいる……。
同じ瞑想をする仲間や、世界観を共有する仲間のなかで、
そうした皆さんを直接助けたいと思われる方がもしおられましたら、
下記の基金をご利用ください。
集まったお金は<プレマ倶楽部>会員とそのご家族、周辺の方のために、
使わせていただきたいと思います。
また、会員の皆さまのなかでいまだ行方の分からない方、
大きな困難に逢われている方をご存知の皆さまは、
青山までお知らせください。

東日本大震災義援金受付口座
・ゆうちょ銀行 10150-74844381(他行から振込の場合 店名018 普通7484438)
・三菱東京UFJ銀行 都立大学駅前支店 普通 1102810
 名義は両方とも「国連支援交流協会プレマジャパン支部」となります

この震災をもって、わが国の情勢は、
もともと非常に厳しい局面にあったものが、さらに厳しくなりました。
しかしながらそれでも、私はこの国の行く末を信じています。
太古の昔から、神々に愛でられ、続いてきたこの国の人びとは、
これまでも幾多の国難を乗り越えてきましたが、
これから先も自然や、人を愛し、神々をお喜ばせしながら、
慎ましく、しかし力強く生きていくに違いないと、
私は確信しています。 


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