瞑想講座

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【意識の科学<Art of Meditation>】 <Art1>体験談

普遍の技術<Art1 >受講生の皆さんの専用メールには、たくさんの感想や質問をお寄せいただいています。これまでに寄せられた、さまざまな体験の一部を青山圭秀のコメント付きでご紹介します(プライバシー保護のため、細部を変更した箇所があります)。


Part I 体調の変化

瞑想を始めてから、長く飲み続けた薬が減ってきて、自然にいらなくなりました。

瞑想によって心も体も調和を回復し、整ってきますので、いろいろな変化がおきてきます。薬は、同じ量飲んでいると効きすぎたりすることもあり得ますので、そうした場合は適宜、量を調節してください。


初めての瞑想の後、寝起きみたいに頭・体がぼーっとしていました。(中身がどこかにいっちゃってまだちゃんと体に帰ってきていない感じ)ほんとは頭脳明晰・体すっきりになるんでしょうけど……。

最初の頃、そういう感覚を持つ方がおられます。これまでと違った意識状態を体験するので、まだ神経系統が慣れていないからです。瞑想中には、意識の進化と同時に、心的、または身体的不調和の解消が起きることがありますが、そのような状態はいずれ治まってきます。


帰りの電車の中で、瞑想をしていたらあっという間に時間が経ってしまいました。半分眠っている様な気がするんですが、瞑想はうまくいっているのでしようか。最近、ハードな毎日だったので、疲れが出ているのか、すぐその様な状態になってしまうんです。

瞑想は、疲れがたまっていたり、睡眠が足りていなかったりすると、そちらをまず解消し、心身に滋養を与えようとする方向に働きます。でも、半分眠っているのかと思っていたら、実は非常に深い意識状態に入っていることもあります。その区別は、じきにつくようになりますが、いずれにしても、疲れがたまっているときには通常の休息や睡眠を充分とるようにしてください。それによって、瞑想の体験もクリアになってきます。


瞑想中、じっと座っていたのにゴクンと背骨の音がして、歪みが矯正されたような感じがしたのですが……。

本当にいい気功師に気功をかけてもらうと、不調和を解消しようとして、体が内部から動いてきます。それと同じことが、私たちの瞑想中、自然に起きてきます。瞑想中に、体が動いたりするのもその例です。気功師に外から気を送ってもらうのは、いわば点滴のようなもので、場合によっては有効かもしれません。しかし基本的には、私たちは瞑想などにより、自分の生命力を内側から高めるようにするべきです。


瞑想をするのとしないのとでは大違いだという事を最近とみに実感しています。たかだか瞑想歴1年ですが、体の変化は驚くほどに正直ですね。
女神セクメトの時代、古代エジプトの医学パピルスに「患部の位置によらず、薬を使う時に唱える言葉。これによって治療効果は何千倍、何万倍にも上がる」と書いてあるそうです。
マントラの効能は古代共通の認識だったんですね。

そのような真実をわれわれが現代、知らないというのは、大変残念なことです。しかし、真実はそれ自体の輝きで必ず輝き、それ自体の重みで必ず顕れるものです。


<Art1>を受けて1年がたちましたが、最近、瞑想の効果を改めて実感しました。寝不足時に瞑想すると気分が良くなり、頭痛がおさまることを体験しました。それから何回か試しても、同じ結果でしたよ! そのときから、とてもスムーズに、楽に、瞑想できるようになっています。

そうですね。頭の痛みも、人生の頭痛も、即完全、とはいかなくても治まってくるでしょう。もちろん、それぞれの進化の段階に応じて課題が与えられますが、瞑想を繰り返す度、ステップアップしていくはずです。


人生の中で食欲が無くなったことが2,3度しかない私が、さらにパワーアップしています。でも、瞑想を教えていただいて早1年、お陰さまで体重が5キロ(!)減り、しかもそれを半年以上維持しています。ほんとにヴェーダには、ただただ驚くばかりです。 (女性の方より)

私自身、いまだにヴェーダの威力に驚くことがしばしばあります。


<Art1>を受講して、早いもので1ヶ月が経過しました。おかげさまで、先生にマントラを教えていただいて瞑想を始めた日から、2年間悩まされていたアレルギー症状が無くなっています。
西洋医学では対処療法だけ、漢方では体質改善・・・と治療をしても特に効果はありませんでした。それが、<Art1>を受講してから、その日から、症状が出ないのです。『体験談』に載っていることが本当に自分の身に起こって、予想していなかった変化に驚いています。
それだけでなく、とにかく飽きっぽい私が1日も欠かさずに1ヶ月続けられていることも、我ながら驚きです。本当によかったです。今回いただいた、この財産を大切にしながら今後も続けていこうと思います。

誰もが忙しく、殺伐としてくることもある年末に、こんなに嬉しいメールをいただき、ありがとうございました。いつも申し上げることですが、瞑想の効果の顕れ方は人により、時により、場合によりです。飽きずに淡々と続けていただくことが何より大切で、何より嬉しいことです。


先生のサイトに、「冷え性が治った」という方のコメントが載ってありますが、最近気付いたのですが、私の”末端冷え性”も治っているのです! いつも瞑想中に体が熱くなるのを感じるのですが、気がつけば、瞑想をしていないときでも、体が温かくなっているのです。長年にわたり冷たかった手足がウソのようです! 瞑想の効果にはビックリです!!

人にはそれぞれ、生理面や心理面に、弱い部分があります。特に生まれつき弱いことというのは、一回の人生では説明がつかなかったり、または惑星の配列と関係があったりもします。それらはしばしば、一生付き合っていかねばならない場合もあります。 ところが、瞑想をすることで、私たちは自然に存在のもっとも深いレベルに到達しますので、さまざまなレベルの不調和が癒されるという事実があります。人によって、長年の頭痛がとれたり、高血圧が下がったり、やめられなかったタバコがやめられたり……。 通常の知識ではどうにもできないことも多々ありますが、自然の英知は常にそれらを癒そうとしてくれています。私たちはただ、その英知に近づき、浸るだけでよいのです。


瞑想はじめて2週間がたちました。瞑想してる時自分の身体全体がなにかのオーラに包まれている感覚、電磁波に覆われてるような…… そういうことがあるものでしょうか?

日本語や中国語で、「気」と表現されるものがあります。また、瞑想していると、精妙な物質が分泌されるという説明もあります。この「ソーマ」は、物質と精神の中間にある、なにかです。そのため、瞑想後、髪がしっとりしていたり、肌がつやつやしていたり、または声に艶が出たりするという人もいます。そのような精妙な物質に覆われますので、何かに包まれているという感覚があってもまったくおかしくありません。そもそも宇宙のすべては一体なので、個別の生命に明確な境界線はないのです。


瞑想は毎日、楽しみにして続けています。確実に体調もいいし、心も安定しています。昨年から抱えていた慢性的な耳鳴りも治り、こんなにも効果的であることに驚いています。

こういうお便りをいただく度、お教えしてよかったとしみじみ思います。


先生、私瞑想を始めてすぐに花粉症の症状が軽くなったというか、鼻とクシャミが出なくなりました。気が付いたら……ビックリって感じです。

よく知られているように、花粉症やアトピー性皮膚炎を、現在の医学で根治することはできません。さまざまな対症療法はあっても、最終的には生命の英知、生命の全体性を回復するしか、方法はありません。


私は昔から冷え性でした。特に末端まで血液がまわらず、いつも冷たい手をしていました。しかし最近手が冷たいということがありません。瞑想を始めた当初、季節はまだ夏が残っていて手の温度を考えたりするに至らなかったのですが、冬になって初めて寒がるということが無くなっていることに気がつきました。

まだ寒い日があるでしょうが、快適に過ごしてください。夏が来たら、実は夏も快適に過ごせることが分かりますから。


瞑想の効果は、カイロプラクティックの先生にも驚かれます。その先生は、瞑想を始める前の私の体調に比べて、今はすっごいいい動きをしていて、身体のパーツもどんどんよくなってきていることにびっくりしていました。科学が、礎のようにしっかりと私を導いてくれます。神秘のなかを生きるとき、根拠を得るということが、本当に精神的な助けになります。私は今、安心のなかにいます。

講座のなかで、瞑想そのものをマスターしていただくだけではなく、現代科学とヴェーダ科学を解説するのはそのためです。もちろん、こうして感じられる体感にまさるものはないのですが……。


瞑想を始めた当初から続いていた上体のゆれとともに、しばらくして足も振動するようになりました。細かい振動です。普通の状態でそれができるか試してみましたがとてもできません。2週間ぐらいでそれがおさまったころ、左手の薬指の不具合が治りました。以前に外気功を受けたきっかけは、この指を直したいと思ったことです。瞑想中に頚椎がよく動いていましたので、頚椎が正しい位置に治まることによって治ったようです。嬉しいです。

気功師は外から気功をかけますが、瞑想は、内側から行なう気功といってもいいかもしれません。内側からですので適切で、深いレベルからですので強力です。


食事の量が減って、体がすっきりしてきました。はっきりした変化です。

さまざまな生理的、心理的ストレスで、私たちは普段食べ過ぎる傾向にありますが、瞑想することで食事が適量になるということがよくあります。逆に、痩せすぎの方は体重が増えたりしますが、私(青山)自身はその場合に当たります。


Part II 人生と、心の変化

瞑想をして、一人でいるのが、寂しくなくなった、 上手く言えないのですが、マントラが、ここぞ!という時に助けてくれている様に感じる。 人生が、好転している様に感じる。 身体によい影響を及ぼす音楽とそうではない音楽との違いがわかる。 関心が、物から心、自分の癖や意識に向かうようになりました。 少しづつ、自分に自信も持てるようになってきた様な気もいたします。

本当は、自分の内側にすべてを備えている私たちは、 しかし外側の世界に魅力を感じ、幸福を求めて彷徨います。 ところが、外の世界は、一見魅力的に見えても、 本当には私たちを満足させてくれませんから、 私たちはいつも孤独で、なかなか満たされません。 常に不満を持ち、自信もありません。
マントラは、そういう私たちを容易に内側に導き、 静寂のなかに、すべてが備わっていることに気づかせてくれます。


今まで自宅に籠もっていることが多かったのですが、瞑想してから気持ちがよくて、よく外に出るようになりました。

瞑想によって体調が改善しますので、多くの方は、以前よりも意欲的で、活動的になります。でも、ここで調子がいいのでつい仕事をし過ぎてしまうと、逆に疲れてしまうこともあり得ます。瞑想によっていろいろな変化がやって来ると、うきうきしたり心楽しくなったりするものですが、最初は徐々に、静かに変化を楽しみましょう。


感謝の念が沸き上がって、母の日だったので母にプレゼントをしました。自分で自分の心の変化にビックリしています。

瞑想によって自然に湧いてくる幸福感を、自分一人でとっておくことは困難ですので……。


マントラを授けられ、瞑想を始めたら、私にも劇的な変化があるのでは・・・と楽しみにしていたのですが、雑念ばかりが浮かんでは消え・・・といった感じです。私は結果を求め過ぎなのでしょう。結果を気にするのではなく、瞑想を続けていくということを大切にするべきなんですよね?

瞑想を始めて起きてくることには大きく分けて二つあって、一つは意識の直接的な進化、もう一つは、これまでにため込んできた不調和の解消です。誰にも、その両方が起きてきますが、起こり方はさまざまで、たとえば後者ばかりが最初にたくさん起きてくるようにみえる方もおられます。しかしそれも、結局は意識の進化のために起きていることで、歓迎すべきことです。


瞑想中、日常生活の問題が1つ1つ整理され、浮かび上がってきて、見ていたら大丈夫だと思えてきました。

瞑想によって、私たちの意識は、静かでありながらとても鋭敏になります。いろいろな気づきが自然にやってきますので、これから楽しみにしていてください。


自宅に帰ってからも、世界がまた一段と明るくなったと実感しています。長い間スランプに陥っていた趣味の器楽が、完全に復活しているのです!

学問も芸術も同じですが、わずかな神経系統の不調和や、ちょっとした「気」の滞りで長い期間成長が妨げられたように見えることがあり、これをスランプと呼びます。ちょうど喉に刺さった小骨のように、それを自分では、長い間取り除けなかったりするのです。この瞑想は、そうしたちょっとした不調和も、もっと深い部分の不調和も、一つ、また一つと解消していってくれます。


以前から私の心に生じていた流れと符合するように、今回の瞑想体験が訪れました。見事な計らいに驚くとともに、紹介してくれた方との出会いや、彼女をして私をここに向かわせてくれた力に、畏敬の念を感じます。感謝の思いがひたひたと押し寄せ、世界を包み込みたいようなあたたかで穏やかな気持ちにもなります。

ときどき、人生のなかで、不思議な力を感じて畏敬の念が湧くことがありますが、これからはもっとありますよ。


私が勧めた友人の人生も、瞑想によって感謝の思いで満たされはじめ、素敵なことが次々と起こっているようです。

瞑想によって確かに生じる「何か」は、あなたを包み込み、守ってくれる働きをします。あなたに近しい友人や家族が瞑想をすれば、当然、相乗効果が生まれます。


受講してから気がつけば約三週間が経ちます。瞑想、毎日続けています!

これまでは、時間の経過、つまり歳をとることは私たちの敵でした。これから後は、それが味方になります。


最初の一週間あたりは、次々に自分でもわかる色々な変化が現れました。味覚、臭覚、聴覚、視覚、触覚、その五感すべてが、とてもクリアになって、鋭敏になっている実感がありました。
食生活がすごく変わったわけではないのですが、身体が軽くなって、体型が変わってきたり、日常の些細な場面で、こうなったらいいなあと思うことがすぐに起きたりとそんな具合です。
瞑想中は、光を見るとか、何かと出会うという劇的なことはなく、海の底に身を沈めたような静けさと安らぎを感じています。

私自身も、光を見たり神々が訪れてきたりということはありません。ただ、瞑想を続けることによってあまりに多くを得てきましたので、以前のようにはそのことに対する渇望がありません。


そうそう、瞑想を始めるようになってから、すごい勢いで本を読んでいます。今まで読みたいと思っていた本を次々に読み進められてそれはとっても嬉しいことです。

いずれにしても、瞑想を始める前と後とで、私たちの人生は同じではありません。思い切り、飛躍してください!


教えていただいた瞑想は素晴らしいもので、瞑想中に一瞬霧が晴れ、私が今まで違和感を持ちながら生きていたこの世の意味というか仕組みが「すべて解る」ような感じになることがあります。私にとってはずっと求めていたものがはっきりと示されて、私が今生かされている意味があると感じられます。 すべては無から始まり、無に帰り、永遠に繰り返す。無のなかにすべてがあり、すべてが無である。人の言葉で説明するのはとても難しいが、はっきりとしたメッセージがまっすぐに伝わってくる感じ、です。

そのような感覚をときどき得ながら、ときにはそれを忘れ、また次にはもっと深く経験し、私たちの意識は進化していきます。それは宗教的な儀式によってもある程度得られますが、自然な、真の瞑想をすることが、もっとも直接的で速やかに人を進化させてくれます。


マントラを先生から伝えて頂いた時感じた喜びと、私の中に息づくマントラの存在が相対界の孤独に気づかせてくれ、それと同時に既に孤独ではない幸福感に包まれ嬉しくて嬉しくて、もうワクワクが止まりません! どぉーしましょっ! 未来の私に会える日が本当に楽しみです。

生命の本質は「歓び」です。瞑想によって生命の深いレベルに到達するにつれ、たとえ感じまいと思っても、歓びを感じないわけにいかなくなります。相対においても絶対においても、ますますワクワクした人生を送ってください!!


私は瞑想を教えていただいてから、本当に心が落ち着いて日々安心して、幸せを感じて暮らしています。(そして、嬉しいことに自然に体重が2Kも落ちたんですよ〜!!笑)このような賜物をいただけたことを本当に感謝しています。

もし体重が必要以上に増え、見た目にもいま一つというのであれば、そこには何か原因があるはずです。たとえば、なんらかの精神的な不安定から食べ過ぎているとか、生理機能の不調和から脂質が適度に代謝されていないとか、惑星の配置やカルマ的な理由で自分本来の美しさが外に顕れにくくなっているとか……。
こうした原因が自然に減少していくことで、余分だった体重も、やはり自然に減少していくことでしょう。不自然な努力には必ず反動がつきまといますが、自然の成り行きにはそれがありません。


本日の午後13時13分に無事男の子が誕生しました。毎日瞑想するなかでよいイメージで子供を迎えることができ、これ以上ない幸せです。いまのところ母子ともに順調です。
仕事のほうも、瞑想をはじめてから新しい話がはいってきたり(今まで何年もなかったようなことが)して充実感のある生活をおくらせていただいてます。 最近は瞑想をはじめると本当によくリラックスできるようになってきました。 (男性の方より)

おめでとうございます! 妊娠中、母親がつわりのときも、瞑想するととても楽になりますが、お父様が瞑想されながらのお子さまの誕生も、とてもよい影響があったはずです。新しいご家族全員が、今後も健康で、ますます幸せでありますように、私も瞑想しながらお祈りしています。


出勤途中の車の中などでもよく感じるのですが、自分の心と身体が現在という時間と空間に浸りきれてるな、という気がします(上手く表現できませんが)。心静かで穏やかな時間です。嬉しい変化です。

現在という時間と空間に浸りきれてる……というのは、おそらく、周囲や、または宇宙との一体感なのだろうと思います。意識が深いレベルに入るにつれ、すべてが一つであることを、私たちは学びます。そうして最終的には、人も動物も、植物も、金属や鉱物、空間ですらも神の顕れとして愛おしく、あらゆる対象を自分と同じように愛したイエスや仏陀のような境地に、誰もが立てるはずです。


私は、この瞑想法がかなり気に入ってしまい毎日瞑想しています。始めるとあっという間に一時間くらい過ぎてしまいます。新月期に始めたので、身につくのが早いだろうという予測はあったのですが、深く入りすぎないよう注意しないと、次の予定に間に合わなくなります。

そのときどきの月の位置や星の配置によって、われわれは精妙な影響を受けています。たとえば、私の予言の葉には、瞑想を教え始めるときは、新月か満月の時期にするようにと書かれていました。それはともあれ、こうして毎日マントラを使うたび、天界では神々がお喜びになっているはずですよ。


私、頂いたマントラとの相性が、抜群にいいみたいなのです。

マントラとの相性は、誰にとっても抜群にいいはずなのです。まれに、しばらくそのことが感じられない方もおられますが、時間がたつと、実は相性がよかったことが分かり、より深く感動されたりします。


瞑想によってとても心が満たされていくのを実感しています。こうして心は癒され、解放されていくのだなあと思います。今、怒りや不安、悲しみに捕らわれるとき、マントラにすべてを委ね、瞑想しています。そして、満たされた優しい気持ちになって終えています。この経験に、私は本当に勇気づけられるのです。「どんな情況でも、きっと私は再生し、人を愛せる。だから大丈夫」と。

『神はその人の力以上の試練を与えない』という言葉がありますが、その上、瞑想によって私たちは日々、癒されます。だから大丈夫です。


最近は祈りと瞑想に加え、なぜか床のふきそうじなどを無意識にしています。細胞が変わってしまったのか、まるで修道女のようにすごしていますよ。今までけっこう怠惰な生活をしていたのに。

拭き掃除、大事なことですね。人生が整理整頓され、身も心もますます爽やかになっていくことの、象徴ではないでしょうか。


あれから毎日瞑想続けています。月が出ていなくても、風とか大気とか、先生からの言葉とか、いろいろなものに助けられながら、ずっと瞑想を続けています。

嬉しいです。ふと気がつくと、大きな幸せが目の前にきています。


また“誘惑”に負け、たくさん瞑想してしまいました。甘い誘惑には勝てません。

瞑想を続けていると、仕事への意欲も湧いてきますよね。瞑想と仕事。両方を楽しくすることが進化の基盤です。


自分の変化だけでなく、一緒に参加した方が変わられたことも、はっきりとわかります。お顔の変化で。心は顔に表れます。他にも彼女の変化について同様に感じた方がいるので、私だけの独りよがりの感じ方ではないと思います。

彼女のほうも、あなたについてそう思っておられるかもしれませんね。親しい方が一緒に瞑想を始めるのをお勧めする理由は、そんなところにもあります。


瞑想を重ねるにつれ、雑念が少なくなってきました。心が落ち着き、幸福感に満ちています。イヤなこと、イライラすること、時間に追われている感覚がなくなってきました。バタバタしてないんです。

私たちは誰もが生理的、または心理的にかなりの量のキズや不調和を抱え込んでいますが、瞑想中にそれらはどんどん減ってきます。そのメカニズムは、講座中に説明したとおりです。結果、瞑想中の、または瞑想後の感覚は、だんだん透き通ってきます。


ある朝、お部屋の観葉植物や花瓶の花たちと意識がつながるような気がしました。器の一つひとつ、小さな紙切れにも宿っている想いが分かるような……。その発するものは、全て「愛」でした。この世のあらゆるものから発せられる愛……。内なる世界と外の世界との違和感が消えました。

太古の人びとは、そのようにして植物や鉱物と意識を通じ合いながら医学を創始し、伝承してきました。そうでなければ、アーユルヴェーダや中国医学に見られるような、複雑な処方を考え出すことは不可能です。私たちは都会に住み、通常の仕事をしながら、そうした自然な感覚を取り戻していくことが可能です。


このところ毎日が楽しくって仕方ありません。実体のあるものもないものもすべての存在に対し、こころの底から大好きだって気持ちがあふれてきます。そうするとみんな私に優しくしてくれます。次から次へと、楽しみなことが増えてきます。だからいつもわくわくして未来を歓迎しながら、今を堪能出来るみたいです。

「すべてが自分の鏡」とは、よく言葉では聞きますが、実際に体で感じとらないと分からないですよね。瞑想していれば、いいときも来れば、平凡な日々もくるかもしれませんが、いずれも進化に必要です。両方堪能してください。


瞑想を始め、驚きと同時にこの大宇宙の大神に心から感謝いたしました。私は今まで長い年月をかけて様々なところをさ迷い歩きました。でもいつも最後はあーまただめだった……。でも、この瞑想を受けさせていただいて本当によかった。一人でも多くの方が瞑想することで、世の中が良くなっていけばいいなと思っています。

瞑想によって得られる幸福の影響は、周囲に及ぼすまいと思っても、自動的に伝わるものです。


日常生活の中で、十分瞑想効果が現れてきている気がします。ほんとうに最初に先生がおっしゃっていた通りでした。過剰な期待というか、余計なことを気にせず、無邪気に瞑想を楽しみたいと思います。

最初の頃、瞑想ができているかどうか分からないと何度も言われたとき、意外に早くこういうときが来ますよと申し上げました。その通りになりましたね!


良きご報告です。今日、会社から 契約社員から正社員に昇格を知らされました。さっそく変化があってびっくりです。

もちろん、それは今までの長い間の努力の積み重ねによるものですが、私たちの意識が急速な進化の流れに乗るとき、これまで積み上げてきたものが突然花開いて驚くことはよくあります。


瞑想を教えていただき、一晩で全てが変わったと言ったら大げさでしょうか。

そう感じられる方も、しばしばおられます。


Part III 瞑想をしてみた感想

瞑想って、おもしろいものなんですね。マントラが、「新しいわたし」を拓いてくれている…ようです。確かに、親しみというか愛しささえ感じます。

皆さんのマントラは、それぞれに生きていて、皆さんと親密な交わりをしていきます。新しいあなた、愛しいあなたを、マントラが自然に拓いていってくれます。


瞑想を習う前、他の方はいざ知らず、自分だけはできないと思っていました。今は、信じざるを得ません。

<Art1>の効果を得るためには、何を信じる必要もありません。ただ、無邪気に体験していただくだけで結構です。


瞑想が楽しいので、時間があると瞑想しています。

なんだか、皆さんのことが羨ましくなってきます。でも、日常の仕事もやってくださいね。すごく効率がよくなっているのに気づかれると思いますよ。


このマントラと瞑想、もう絶対手放しません。

どんな人も、それぞれの経緯を経ながら、いろいろな修行法、修養法にあたります。この瞑想に当たった方は、あとは一生、一人ででも瞑想できます。


受講から三週間経つ今は、瞑想という営みが自分にとって自然になってきたせいか、あまり変化は感じられません。これは、後退しているのか、それとも慣れてきたということなのか、というところで、自分はきちんと進むべき方向へ進んでいるだろうかと、ちょっと不安を覚えたりします。

瞑想する人としない人。ちょうど、重いスーツケースを転がしながら、徒歩で成田空港に向う人と、車で向う人の違いのように私には見えます。徒歩でも、いつかは目的地に着きます。が、大変です。時間的にも、幾人生もかかります。できればスムーズに、安全に、車で向いたいものです。その際、最初は加速度がついて変化が感じられるでしょうが、途中からはただ座っているだけで、何もしていないように感じられるかもしれません。でも自動的に、どんどん目的地に近づいています。


これほどすぐに、瞑想を味わえるとは思っていませんでした。期待もしていませんでしたし、瞑想をかじれるぐらいかな?と思っていました。でも、こんなに自然に、驚くこともなく、受け入れられるとは思いませんでした。
瞑想時に、体が動いたり、映像を見たりしましたが、呼吸しているようにごくごく自然な感じで、逆にその当たり前な感じに思えることが、驚きです。

自然であることが、正しい瞑想の重要な要件です。不自然な“瞑想”法は、楽しくないばかりか心や体に負担をかけ、いずれ何かの形でその代償を支払うことになるからです。


このところ数週間、仕事と生活のいそがしさから朝はせわしなく夜はぐったりで、それでもわずかに(!)瞑想の時間をとってきました。
日曜日の朝、久しぶりに時間を気にせずに座ることが出来ました。以前からマントラを使うと身が前後に動くのですが、今日はまず、ぐーっと下の方に身が向かい額が床についてほとんど平伏し、しばらくたつと今度は自然に上方に身が伸び、という運動が何回か繰り返されました。そのあいだ、そのようにしている自分の姿がうっすらと見えるような感じでした。その後で静けさが訪れ、身も落ち着いて座っていましたが、両手の指が自然に結び合わさって印のようなものを結んでいるのです。結んだまま胸のところから下腹部へと手が動いて、やがてこちらもしずまりました。
これまでいわゆる「印」を結んだことはなく、仏像の手もしげしげと見たことはありません。幼少期からの身近な宗教はカトリックでしたから。不思議でしたし、体が動くのはそのままにしておいて大丈夫とこの前おっしゃっていただきましたが、それにしても身が強く反応することが、少しだけ気になります。 ただ、瞑想の後、背骨を深い振動が渡っていったようでしたし、印らしきものを結んだ手が通っていく間、胸や腹部に花が咲くような感じがしました。本当に力ある波動の言葉がマントラなのですね。

講座中にもお話ししたように、よい気功師にかかると生命の力は患者さんの体を自然に動かし、歪みを修正したり体を浄化したりしようとします。同じようなことが、瞑想により内側から起こり、体が動くことがありますが、これについて心配する必要はまったくありません。自然にしていてください。 印を自然に結ぶ、ということも、稀にあることです。自然の気が動いてそうなったり、過去の記憶が蘇ってそういうことが起きたりします。
エネルギーの座であるチャクラに聖者たちは花弁を見ますが、花の感覚はまさにそれに対応しています。素晴らしいことが起きていますので、時間をとってゆったり瞑想できるといいですね。でも、忙しいのもダルマの一部ですので、それはそれで肯定的に捉え、少しの時間でも瞑想を続けるようにしましょう。
ちなみに、私たちのチャクラを統制していくのに最も効率的な技術は、瞑想講座の<Art2>でお教えしています。


瞑想を始めて以来、施術している時、私自身も今までより大きなエネルギーを感じてはいましたが、錯覚かも……とも思っていました。
でも、娘さんに付き添って来られたお母さんから、「パワーアップした?! 傍にいた私までクラクラ酔っ払ったみたいになって……波のように気を感じる、娘に流している波も分かるよ! しかも、私の調子が悪かった首まで楽になってるし!」と驚かれたり、その上にチャクラ・リーディングをしてくれる友人(いつも何も言わないのに何でも知ってるんです!ずるいよネ)にも「もう、リーディングは必要ないね!」と言われ少し驚いています。 (整体師の方より)

瞑想を始める方のなかには、さまざまな趣味や職業をお持ちの方がおられます。たとえば、久しぶりにピアノを弾いてみたら、長くブランクがあったのに、以前には弾けなかったくらい見事に弾けた、勉強していなかったのに、突然試験ができた、というようなお便りをよくいただきます。私自身も、瞑想する前とした後とでは、たとえばキーボードで文章を打つときの速さや正確さが違います。
どのような分野でも──科学であれ、芸術であれ、スポーツであれ── 基本的な技術、最終的には創造性や心の勝負となります。瞑想することでそうした力は自然に引き出されるようになりますから、何が起きても驚くことなく、淡々と瞑想を続けましょう。


瞑想中時々何か聞こえているのですが、気がついてみると何も聞こえていない。寝言だったら恥ずかしい。瞑想中、先生がついていてくれるような気がして(シヴァ神ですかね)楽しんでいます。

瞑想中、われわれの感覚はきわめて精妙なレベルに入っていますから、通常、肉体の耳には聞こえないものが聞こえたり、感じられないものが感じられるかもしれません。しかし「気がついてみると」意識はやや表層に戻っていますから、何も聞こえていないように感じられるかもしれません。寝言ではありませんので、心配しないでください。
私が瞑想を教えるとき、共にいてくれると言われたシヴァ神は、皆さんが瞑想するとき、共におられてもおかしくありません。イエスも、『わたしの名によって二人、三人が集まって祈るとき、わたしもまたそこにいる』と言っておられます。


Part Ⅳ 講座の感想

先日は瞑想の理論と実践、それに最大の驚き「マントラ」をありがとうございました。 毎日、マントラとともに瞑想をしています。

マントラは、単なる音のように見えるのですが、 しかし実際は、私たちと深いレベルでつながっている何かです。 マントラ自体が一つの生命で、私たちと同じように生きています。 それはちょうど、生まれてすぐに生き別れになった兄弟のようだということがあります。 何十年かが経って再会し、すぐにそれと分かり、涙を流す方がおられます。 最初はまだよく分からなくて、違和感を感じるという方もおられます。 しかし結局、兄弟は兄弟なので、いずれにしても、そのことが分かります。
このマントラを使って、どうして私たちの生理状態は円滑になるのか、 どうして心理が安定し、充足するのか、 どうして意識の進化が図られ、人生が好転していくのか、 分析しても分かりません。 それは、この世界に隠された秘密であり、神秘であり、そして、 あなたの言われるように「驚き」なのです。


瞑想会で、講義のあるものは珍しいと思います。難しい話を、非常に理解しやすくまとめられ、内容濃く、またデータも示されるので納得させられます。

瞑想しているときに自分の意識のなかで何がおきているのか、知らなくても瞑想はできます。でも、知っていればさらに興味が深まります。意識と宇宙の関係や、量子と実在についてなど、知らなくても生きていけますが、これを知ることで人生に深みがもたらされます。


一緒に受講した友人に、「この瞑想をするために、今まで気功をしてきたのではないかと思ったの」と言ったら、彼女も、「私もこのために、いろいろやってきたのではないかと思ったの」と。二人で同時に思ったことが不思議でした。

どんな修養法も、それぞれに尊い英知を含んでいます。私たちは誰もが限られた時間のなかで、いちばん魅力的で、いちばん有効な方法をとりたいですし、私も同じ教えるなら、そういうものを教えたかったのです。また、そうでないと、実際、長くは続かないものです。


講座に申し込んでからも、どんな皆さんが受講なさるんだろうと少々不安でしたが、参加してみて安心しました。みんな誠実で、いい方なんですね。すぐお友達になりました。

同じ目的地に向う旅をご一緒する仲間ですからね。


プレマ倶楽部の案内をホームページで拝見したとき、正直、ちょっと高いなと感じました。講座を終えた今は、「激安!」だったと申し上げます。

この講座にどのような値段をつけるかについては、正直、どうしていいのか分かりませんでした。無料で教えて任意のお志しだけいただくという方法も、真剣に考えました。実際私は、長年、ヴェーダの知識を無報酬で教えてきましたので、特にその皆さんは、私の教えることはタダが当たり前、と思っておられるようでした。ところが、私の計画を知ったインドの聖者は、「それはダメだ」とはっきり言われました。現代において、タダのものを人びとは本当には大事にしないからだと……。
結局、私が最初に想定した値段と、会社やコンサルタントの方の意見の中間か、それより安めの値段に落ちつきました。それが高かったのか安かったのかは、受けた方にしか分からないはずですが、実際に受けた方からこう言っていただけて嬉しいです。


先日の瞑想講座ではありがとうございました。楽しくてあっという間の2日間でした。楽しいモードで帰ったのに、仕事にもどると現実に引き戻されてしまいました。今では東京での2日間が夢の出来事だったような錯覚さえ覚えます。でも、瞑想はもちろん続けています。まだ変化はありませんが、楽しく続けています。

瞑想を始めても、しばらくは変化が感じられないという方もおられます。そういうときは、実は心身を深い部分で調整していたり、過去にため込んだ不調和を解消していたりしているときです。


この2日間でご用意してくださった内容は、先生が人生の中で長い時間と労力をかけて吸収してきた汗と涙の結晶?!で、最も消化が良く滋養に富みなおかつ美味しい部分だけをそっと皆に分け与えてくださったような・・・。

講座でお話ししたことは、たしかに皆さんが今まで想像すらしなかったことだったかもしれません。でも、それはヴェーダの科学が何千年も前から言い続け、現代科学も気づき始めたことです。今、頭で理解された皆さんは、これから瞑想されることで、それを実感として体験されます。


今振り返ってみると、セッションは1年位かけて学ぶべき密度の高い内容でした。わたし的には中学生の頃カール・セーガン著「コスモス」を一晩で読み終えた時以来の感動でした。以前の我流とは瞑想後の手応えが全く違い、あらためてヴェーダの偉大さに驚いております。

皆さんからのお便りを拝見するにつけ、私もヴェーダの偉大さに驚くばかりです。


講義に関しましては、西洋科学から東洋伝承科学まで、非常にボリュームがありかつ高度な内容を、あれだけ分かりやすくご説明いただき大変勉強になりました。特に宇宙物理と意識の世界をあれだけ分かりやすくご説明いただいた事に関しては、まさに奇跡としかいいようがありません。
ヴェーダ科学の内容も同様にとても理解しやすかったと思います。また瞑想中の生理学など、自分の瞑想体験の内容がよく理解でき、大変画期的だと思いました。

皆さんの熱意が、私をそのようにさせているとお考えください。


講義内容が分かりやすかったせいか、安心して取り組む事ができました。瞑想そのものも、これまでの気功や我流の瞑想では得られない体験をし、確かに本物だと感じました。特に2日目最後の瞑想は、何か「聖なる存在」を感じ、守られながら瞑想していたように思います。いえ、今思い返せば、この2日間、講義中も瞑想中も「聖なる存在」に見守られながら過ごしていたように感じられました。

あるインドの聖者は、シヴァ・リンガム(シヴァ神の象徴)を物質化し、「瞑想を教えるときには、必ずわたし(シヴァ神)が共にいる」という言葉とともに持たせてくれました。われわれを導く崇高な存在が本当に見守ってくださっていると、私自身は思っています。


瞑想を学ぶのは今までも大好きな事でしたが、今回のセミナーはまさに「感動!」でした。

感動が日々、増してくるのはこれからです。


毎日楽しかった講座が終わってしまって、今はちょっとブルーな気持ちです。

楽しんでいただいてありがとう。これからは、瞑想自体が楽しいですよ。


友人と一致して「これは人生における重大な転機だよね」と語り合いました。

意識が自然で、速やかな進化の流れに乗ることは、生命の長い歴史のなかの転機です。でも、その真価が本当に実感されるのは、これからです。


いい人たちと出逢えて、とても感謝しています。

同じ時、同じ場所で、このような方法を学んだ皆さんは、やはり何かのつながりがあったのかもしれません。そんなことを、私もときどき体験します。


このような瞑想を教えてくださった先生に、どう感謝したらよいのか。

健康で、幸せになっていただくことで……。


Part V 特別な体験

<Art1>は、あくまで内面の、そして日常の幸福を目的とするものです。しかし、進化の途上においては、さまざまに特殊な体験がやって来ることがあるのも事実です。いわば自然界からの特別な恵みともいえるそうした体験の、ごく一部をご紹介します。

朝の瞑想で、マントラはまた光の泡のように現れました。わたしの中…体の中と心の中と…を駆け巡って、苦しい部分やつまっている部分をその泡たちは癒してくれました。先生が講座で話されていた「マントラが癒してくれる」という感覚、少しわかったような気がします。

マントラの波動は生きていて、それぞれの方に最高の過程を経て、意識を拡大、進化させてくれます。その感覚もさまざまで、このような特殊な体験として感じられる方もおられれば、特にそのような体験はなく、ただ体調がよくなるとか、心が落ちつくとか、仕事や人生がスムーズに進展するなどといった体験として感じられる方もおられます。


皆さんで瞑想したときにいろいろな映像や光のうねりが見え、驚いてしまいます。真紅の色をした粒子が回転しながら集まり、この世のものとは思えない清らかな女性の美しい眼が見えました。美しい額と瞳が見え、次にゆっくりと眼を閉じられて、一筋涙を流されました。神様はなんと言う慈しみに満ちた存在なのでしょう。すべてに感謝の念が一度にわいて言葉を失いました。

こうした体験は生まれて初めてだったとのことですが、意識が精妙な段階に入ってくると、存在の精妙な形態である光や、女神や天使のような存在と意識が同調するかもしれません。あるいはその方は、あなたを愛し、守ってくれている方なのかもしれません。そんなときには、これを静かに、感謝して受け止めましょう。そして、通常の意識に戻ったら、ふたたび普通に理性と感性を働かせながら、日常生活を楽しみましょう。


眼を閉じたら最初右目の右端後方から白いまぶしい光が射し込んできた。「えっ?」と思っていると、その光がさらにまぶしくなり、驚いて眼を開けたら部屋はやはり暗かった。
あのような光りに仮に真正面に現われられたら、まぶしすぎてとても眼を閉じていられない。こちらがまだその準備が出来ていないし、それを分かっているかのような、控え気味の右端後方だけでよかった。今回はこれで十分。光りの存在を間違いなく確認できて、ありがたかったし、十二分以上に驚いた。

さまざまな体験があっても、特に驚く必要はありません。淡々と瞑想を続けることが大事です。それにしても、「まぶしすぎてとても眼を“閉じて”いられない」というのは、興味深い表現でした。


瞑想に入るとすぐ、きれいな光が現れてきて、瞑想ができている充実感や幸せな感じに圧倒されます。

私たちが普段目で見ている光は、光の粗雑な、表層の部分です。あらゆる物質と同じように、光にも微細で精妙なレベルがあり、瞑想中に見ている光はそのレベルです。
こうした感覚が起きる時期があれば、もしかしたら起きない時期も来るかもしれません。いずれにしても、淡々と、瞑想を楽しんでください。こういう感覚がある時期もない時期も、同じように意識は進化し続けています。


昨日駄目な自分について考えていた時、突然マントラが浮かんで、それがキラキラした光の粒子に変わって空に登っていきました。それに意味をつけることはないけど、前に進める気がしました。

お教えしたマントラは、お教えした方法で使っていただくものですが、マントラ自体に生命があるので、ときどきこうして皆さんを助けにやってくるかもしれません。忘れているときも、働いてくれているかもしれません。


心を無にしてマントラをとなえ瞑想。これは本当に日によってちがいますね。涙がとまらず、前世?らしき自分が人々に何かを伝えている光景が現れたり彼らに約束したことを思い出したりと、ちょっと不思議な体験もありますが基本的には「無」の状態をキープしています。

特別な資質に加え、この瞑想を行なうことで、ますます豊かな体験を重ねていただきたいと思います。


マントラを唱えていると、なにかと合一したような感覚が訪れ、手足にエネルギーが満ちてきて、全身が高揚していくような感じになります。とても敏感になり、意識がどんどん上へ引っ張られていく感じがしました。(中略)すると、向こうの方から光が近づいてきたのです。ありがたい気持ちでいっぱいになり、涙がぽろぽろ流れ、光の中にはマリアさまの上半身のお姿が、シルエットのように見えたのです。思わずマリアさまに向ってお祈りを唱えました。その光はしばらく続き、まさに至福のひとときでした。

このような体験は、しばしば起こる人もいれば、たまに起こる人もいます。一方、そういう経験をほとんどすることなく悟りに近づいていく人もいます。彼らは健康になるとか、愛情生活が豊かになるとか、人生のさまざまな目標が達成されるなどしながら幸福感を増していき、とりたてて神秘的な体験をすることもなく完成に近づくのです。どちらがいい悪いではなく、人によってさまざま、道筋が違うということです。


先日瞑想をしている時に、一分間ぐらい目を閉じている世界が、一面オレンジ色に変わりました。神秘的な現象が、瞑想の本質ではないということはよくわかりますが、素晴らしいご褒美(おまけ?)であることは間違いありませんね。

素晴らしいご褒美は、放っておいてもときどきやって来ます。期待しないで、楽しんでくださいね。