メールマガジン<プレマ通信>

青山圭秀エッセイ  バックナンバー

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最新号 (第148号 2021年7月7日配信)

『献身』

「メルマガ拝見しました。
まさか先生が、あの惨殺された尾道市長ご夫妻とご縁戚とは思わず大変驚きました。
こちらの中国新聞でも、つい何ヶ月か前にあの事件について
特集が組まれ大きな記事になっておりました」
前回のエッセイを読んだ方からこんなメールをいただいた。
懐かしい、むかし我が家でも父がとっていた中国新聞をおとりになっている、
故郷広島の方である。

私が広島学院中・高の寮にいた頃、
同じく中学・高校時代の彼女はそのすぐ前の道を登り、ピアノのレッスンに通っていた。
毎週木曜日の夕方、6時からの夕食が終り、勉強時間が始まる7時少し前、
とびきり可愛い女の子が寮の前を通る。
そんなことが評判となり、私も皆と一緒に窓から身を乗り出して、
「お嬢さ~~ん、可っ愛い~~!」
などと声をかけた……というのはウソで、
それは私の友人や先輩、または後輩どもがやったことである。その様子は、
まるで電線に並んでいるツバメさんみたいでした(笑)と、彼女は後に述懐している。
私も、それに加わるような審美眼と心の余裕があれば、
もう少し違った人生を歩むこともできたかもしれないが、
当時は何も知らずにカトリックの神父になろうと思い詰めていたのだからどうしようもない。
そのうちに、理不尽にも先輩に突撃を命じられた下級生が彼女の名前を聞き出し、
声援は「〇〇ちゃ~~ん!」と変わった。
後に彼女はサイババを知って帰依するようになり、
二十数年が経ってからまったく偶然に、東京でも広島でもない場所で私と出会った。

メールはこう続く。
「時の流れのなか、このところ毎日がただただ哀しく
瞑想し、祈るばかりです……」
優しいご主人、優秀なご子息、美しいお嬢様……
幸せを画に描いたようなこの人の家庭の、いったい何が哀しいのか。
勇気を出して聞いてみると、こんな返事が返ってきた。
「コロナでもう充分たくさんの人が苦しまれているのに
これからまだそれが続いていく。
それも、従順で善良な人達が……。
悲しむ必要はないと頭ではわかっていても
自分は何にもできないと思うとそぞろ哀しく、
自分にこれからいったい何ができるのだろうかと……」

こんなやりとりをしていたちょうどそのとき、シヴァ神のパリハーラムが出てきた。
今年の三月からその存在が予言されていたものである。
これを探すためにしなければならないことがインドと日本で膨大にあったが、
前回、皆さんに助けていただいたときの映像が届いたので、
過分な表記もあるものの、そのまま挙げる。
全員がマスクと消毒をし、インドでは珍しくソーシャル・ディスタンスをとっているが、
これらの仕事を担ってくれたボランティアや予言の読み手の家族らは、
それぞれ別の機会にコロナに感染し、一部の人は重症化して苦しまれた。
https://youtu.be/OqJyt6TRTYA

『混迷する世界と、苦しむ生徒らのため、必ず探して行なわなければならない』
と書かれていたパリハーラムの内容は壮大なもので、個人でできるレベルを超えている。
だが同時に、『これは、瞑想の生徒、読者らと一緒に行なわなければならない』とも書かれていた。
ちなみに読者といえば、セミナーでも少しお話ししたように、
パリハーラムの後半部分には突然、
現在私が書いている小説のモデルとなった人についての記述があった。
その方ご自身も、小説のモデルにされていることをまだ知らないのだが……。

いつも申し上げていることだが、
日々、瞑想し、祈り、または聖典を学ぶだけでも、人は国や、世界に貢献している。
そうしていただけるだけで、私は幸せだ。
ただ、予言の指示に従うなら、私はこのパリハーラムを皆さんと一緒に行なうことにもなるという。
冒頭の方の哀しみは、メールで電磁的にやりとりしていただけなのに、
まるでその場で聞いていたかのようなシヴァ神の記述の仕方には、
いつもながら神秘の感に打たれる。だが、さらに嬉しいことには、
『これに参加したなかに、奇跡を経験する者ら(複数形)が現れる』とも、
『わたしのダルシャンに与るのは近い将来となる』とも書かれている。

このパリハーラムをすべて行なうには数年かかるだろうが、
どうやって皆さんと一緒に行なうのがよいのか、
予言の読み手と相談し、スタッフが知恵をしぼってくれた。
そのお気持ちがあって事情の許す方がおられれば、
是非ご一緒させていただきたいと願っている。