メールマガジン<プレマ通信>

青山圭秀エッセイ  バックナンバー

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最新号 (第126号 2019年8月14日配信)

『黎明 2』

『瞑想の師が、一カ月以内にわたしの国に来る』
『8月8日までにカンチープラムに赴き、バラジ神の祭礼に与らなければならない』
インド大巡礼旅行を8月末に控えながら、このような予言の指示を受けて、
8月4日、私は日本を発った。

この頃までに、群衆の数は日々、30万人に膨れ上がっているという情報が入っていた。
現地では警察と、日本でいうところの通商産業大臣が
われわれの困難なミッションを助けてくれるはずだった。
が、大臣自身は選挙のため来ることができず、息子を代理でよこしてくれた。
それに加え、われわれのインドでの活動をいつも助けてくれている、
何人かのスタッフもついてくれた。
現地では、あまりの混雑に死者が出ているということだった。
死因は「窒息」だという。

実際、われわれが通ろうとしたVIP専用のゲートでも、
なんとかして中に入ろうとする人びとと、
それを押しとどめようとする警官との間に怒号が飛び交い、
私を守ろうとした予言の読み手も揉みくちゃにされてしまった。
小一時間ほど待って中に入ると、柵で仕切られた向こう側に、
一般の人びとの列が見えた。待ち時間は5時間だという。
……が、実はこれも特別な列で、本当の列は長さ数キロにも及び、
一日で神像の前にたどり着くことはできないという有り様だった。
それを考えると、私たちが“ほんの”数時間で中に入れたのは、
申し訳ないことだった。
しかし正直、ここで一夜を明かすというわけにもいかない。
翌日の午後にはもう、日本に向けて発たなければならないのだ。

ついに神像の前まで到達したとき、
そこには40年間、湖底に眠っていたヴィシュヌ神がたたずんでおられた。
黒檀のような艶やかな肌に、額にはヴィシュヌ神の銀の紋章、
黄金と花々で飾られた王冠と、神聖な紫のショール……。
ご像自体は、たしかに木でできているようだった。
が、いったいなぜ、そのようなことが可能なのか……頭では理解できない。
しかし、この像を礼拝するために、いまや人びとは一昼夜の列をつくるのだ。
ふいに、像を護っている僧侶の一人が、私を祭壇の前に導いてくれた。
まさに、聖なるヴィシュヌ神像の目の前だ。
咄嗟に、困難な情況にある生徒さんや、
お世話になって御礼のしきれない友人、知人の皆さんのことを思い出す。
さらにはまた、私を不断に苦しめてやまない人に至るまで、
すべての人びとに幸あるようにとお願いをした。

この巡礼の次に何をしなければならないのか、
その記述が出てきたのは一昨日のことだ。
祖国と、世界の情勢はよくない。
特に、自然界に関わる、いまだ知られていない困難がやってくるという。
また、『おまえの国は、あることを禁止、または抑制しようとして、
そのことが新たな問題を引き起こす』
『それらの国はおまえの国を打ち負かそうとするだろう。
困難は、おまえたち一人ひとりにもふりかかる』――
私自身についても興味深い記述があったが、
とにかく、シヴァ神と女神パールヴァティがわれわれのために、
こうして個別の予言を残しておられる。
そこにはまた、私が行なうことの膨大な記述が続いていたが、
その最初のプージャを8月18日(日)に行なう。

この日、私たちが学ぶ『あるヨギの自叙伝』には、
聖者らが、どのようにしてわれわれを守ろうとされるかが如実に描かれる。
彼らは、ときには自ら残した予言のなかで、聖典のなかで、
あるいはまた身体を使って、身体に病気を引き受けながら、
縁を結んだ人びとの苦難を取り除こうとされる。
今回読んだ予言は、まさにそのとおりのものだ。
神々は予言を残され、聖者は身体を犠牲にして、弟子の安寧を計られる。
そのメカニズムを『自叙伝』で学んだ後、
われわれはそのためのプージャを捧げることとなる。