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青山圭秀エッセイ  バックナンバー

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最新号 (第160号 2022年9月22日配信)

『至高、究極、永遠、無限……』

<Art1>をお教えするとき、まず最初に私たちの住むこの宇宙について学ぶ。
その際のキーワードとなるのが、インフレーション理論とビッグバン理論だ。
ともに常識をはるかに超えるものだが、
今では既存の科学として広く認知されている。

現在開講中の<Art5>でもちょうど解説したように、
インフレーションが始まった“時点”があるのかどうかについては分からない。
ただ、ヴェーダの聖典や聖者たちは、『創造は永遠である』と語っており、
だとすれば、“始まりの時点”というものはなかったものと推定される。
であれば、永久インフレーションの理論により、宇宙は無限に多く存在するであろう。
するとどういうことが起こるのか。

今、ここにカードが5枚あって、それを5人の人に配ってゲームを楽しむとする。
とりあえず最初に配る組み合わせの数は5!(5の階乗)となるので、120通りだ。
ということは、121回配れば、
そのうちにまったく同じカードの配列が現れることになる。
6枚を6人に配るとすれば6!=720通り、
7枚であれば5040通り、8枚なら40320通りと、
当然のことながら急激に可能な組み合わせの数は増していく。
さらにそれらがゲーム参加者の間をさまざまに動いていくことを考えると、
その数は飛躍的に増大し、未来永劫、同じゲームは再現されそうにない。
ところが、所詮は有限の数のものが配られ、有限の動き方をするのであるから、
どこまでいってもそれは有限だ。
それをもし無限に繰り返せば、いつかは必ず、同じ配列で始まり、
同じゲームの過程をたどり、同じ結末となるゲームが現れる。

さて、話は少し飛躍するが、この宇宙を構成するすべての素粒子を考える。
その数はとてつもなく大きいであろうけれど、有限であるには違いなく、また、
配列の仕方や動き方もまた、有限だろう。
一方で、永久インフレーションの理論により、
宇宙は無限に多く生成しているとしたらどうだろう。
そのなかにそっくりな宇宙があってもおかしくない。
というより、むしろ、そっくりな宇宙がないというほうがおかしい。
組み合わせの数は有限であるのに対し、宇宙は無限にあるのだから。

至高、究極、永遠、無限……
これらの言葉は霊性探求の途上でしばしば現れ、日常生活のなかにすら現れる。
しかし上記のごとく、われわれはその意味を本当には理解していない。
真に「無限」ということがあれば、以上のようなことが起こり得るのであり、
また、起こらなければおかしい。

そんなこと言っても、本当なの…? と、どこかで思われるかもしれない。
『相対界の複雑多様さは、筆舌に尽くしがたい』と、ヴェーダが語るとき、
その意味は、われわれの知性のレベルをはるかに超えて、
まさに「筆舌に尽くしがたい」のである。
ところが、この世界には、そうしたことをも含めて認知した人たちがいる。
最終的な真理に至った聖者らには、それが見え、聞こえ、触れられ、感じられる。

『あるヨギの自叙伝』は、テキストにさせていただいてすでに8年目になるが、
前半はヨガナンダの幼少期から少年、学生時代、そして僧団に加入するところまでだ。
そこまででも、十分に神秘な体験談が語られるが、
真に驚嘆し、慧眼に値するのは後半部分だ。
これから始まってくる『奇跡の法則』、『ババジ-現代インドのヨギ・キリスト』、
『ヒマラヤ山中に宮殿を物質化する』、『スリ・ユクテスワの復活』など数々の章は、
十代の頃から何度も繰り返し読んできた。
皆さんにはこれを理解しないまま、今生を過ごしていただきたくない。
深いレベルで体現しないまま、今生を終えていただきたくない。

私自身も心身を調え、理性と感性をみがきつつ解説に臨み、
皆さんに堪能していただけたらと願っている。