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青山圭秀エッセイ  バックナンバー

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最新号 (第138号 2020年9月11日配信)

『自由』

「これから一年間、夜12時より前には寝ないことにしよう」
そんな“誓い”を立てたのは、小学6年の4月だった。
広島県の田舎に生まれ、普通に友達と戯れながら子供時代を過ごしていた私は、
この時期急激に、こんなことではいけないという強い予感を得て、
愚かな誓いを立ててしまったのだった。
そして、そのとおりのことをしたばかりか、
ときどきは寝ずに朝まで勉強しようとしたものだから、
それに気づいた父が夜中に起きてきては私を叱った。
しかし当時、昼間の時間は学校に拘束されていたので、
“自由に”使えるのは夜だけだった。

深々(しんしん)と深けていく夜の静寂(しじま)を感じ、
微かに明りがさしたと思ったら急速に明けていく朝焼けの美しさを見たいばかりに、
私は父親の叱責をかわしながら、夜通し起きていた。
まだ幼く、神経系統も満足に発達していないこの時期、そんなことをしなければ、
私の脳はもう少し明晰でいられたのにと後年思ったが、
「後の祭り」とはこのことである。

紆余曲折を経て広島の学校に進んだ私は、
ヨガや瞑想を教わることになるイエズス会の修道士や、
後に洗礼を授かることになる神父に出会うことになる。
だが、これで幸せになれるのかと思っていた目論見が、
まったく外れてしまったことは、このエッセイにも書いた。
大学に入れば自由になれるはずだと願いつつ、中学・高校の6年間を過ごしたが、
多くの方が容易に想像できるように、
大学に入ってもなお、私は自由にも幸せにもなれなかった。

今年に入って世界で猛威をふるってきた新型コロナウイルスは、
3月になるとわが国にも波及し、政府は緊急事態宣言を発令した。
しかし、国民全体の努力が実り、4月下旬から徐々に鎮静化、
首都圏の新規感染者数も一ケタ近くまで減ってきた。
夏にはウイルスは静かにしているだろうとの大方の予測に従い、
控えてきた活動を7月から8月にかけ、さまざま入れてしまった5月末、
やおらシヴァ神の予言が登場した。そこには、
『これから8月にかけ、活動を控えたほうがよい』ことが示唆されていた。
同時に示されていた、私のしなければならないことを読んで、
ショックを受けなかったといえば嘘になる。
それはその間、ほぼ完全に自由が奪われるに等しい宣告だった。

ストレスの一つは、何をしなければならないのか、
なぜそうなのかということが私にも徐々にしか明かされず、
まして生徒の皆さんにも言えないことだ。
唯一、その最初の一部分については、
できるだけ多くの私の関係者の名前を入れるようにという指示だったので、
ここにその映像の一端を貼り付けた。
飾り気のない、気も利かない映像だが、とりあえず、
これらの食材と食料雑貨は南インドの貧しい5000家庭にお配りできた。
https://youtu.be/idWVBhfjsaw
(11月23日までの期間限定)

9月上旬までのシヴァ神の指示をなんとか終えた今、ことの成否はわからないものの、
中学・高校時代の過酷な期末試験が終わった後のような、ささやかな解放感がある。
しかしそれが束の間のものであることも、過去の経験から知っている。

子供の頃から、自由を渇望してきた。
が、この歳になってなお、こんな状態を繰り返しているのは、
もちろん、私の生き方に問題があるからに違いない。
それでも、それらが避けがたい運命であったようにも、正直、
自分には思えるのである。